●フォークダンス指導者向け内容です          遠ちゃん中高年目次へ戻る   遠ちゃんフォークダンスホームへ戻る
  
掲載の内容は、東京都フォークダンス連盟フォ−クダンス福祉応用研究会での基調講演です。 92年度のものですが、中高年フォークダンスの原典であり、ぜひ皆様に紹介したく、講演者、都連会長の了解を得て掲載させて頂きました (00-04)   [講演集目次へ]  [前の講演]  [次の講演]  

基 調 講 演  (92-12-10)

『 実技指導について 』

奥 野 正 恭 氏

 目 次        (クリックすると各項目へジャンプします)
 1.はじめに
 2.実技指導について
   
・何事も先手必勝、言葉に注意        ・実技前のム−ド作り
     ・指導のリズム、タイミング、言語外伝達  ・真似と経験

 3.楽しく一緒に踊る姿勢
 4.レクリエ−ションとしてのFD
 5.主体の理解と応用能力
 6.上手な指導、下手な指導
 

・講演者紹介は、前の講演のページを参照ください

1.はじめに

 先程の休憩時間に、お饅頭を食べていた方がおられましたが、それで良いと思います。 そういう様に、「お茶でも飲みながらFDを踊る」ような雰囲気でありたいものです。 

堅いこと言わず、社交そのものを楽しんでいる事が多いのですから。 日本人は、飲み方が下手で、また公共の施設では、「アルコ−ルは駄目」などと言いますが、 へべれけでは駄目ですけれども,ほんとの所は、ちょっと酔っている方が絶対に楽しい!

日本では、ダンスが幼いものとして、まだ大人の物として、とらえられてないと思います。 文化としてとらえられてない気がします。その良い例が、社交ダンス ですが、まだ『風俗営業』です。警視庁の公安委員会の許可を得て、資格を取ります。 

ほんとは、家でお父さんお母さんが踊っていて、それを子供が見ている、そして近所の何軒かが集まって踊る、 これがダンスではないでしょうか。こういうのが公安委員会の管轄などとは、 文化のとらえ方が、世界的に見ても時代遅れではないかと思っています。 

FDは、進駐軍経由・文部省経由で入って来ましたから、幸にして、そういう誤解を受けなかった訳です。


2.実技指導について

 「実技指導について」とのテ−マですが、高齢者の為にとか、ハンディキャップを持った人の為になど、「指導の特別な違いは無いのでは」と、思っています。 私は子供の所へ行っても、年配者の所へ行っても、同じ財・同じ種目を使っています。

ただ、実技指導の時に、心掛けなければならない事は、多々あります。 高齢者は、『我々の先輩』ですから、そういう立場での口のきき方など、かなり気を使います。

また、人の心を逆撫でする様な事は、したくありません。楽しく踊る為に、人の心を逆撫でして、教えてやろうとしたり、 底意地悪く厳しく指導したりするなどは、無意味だと思います。


2.1) 何事も先手必勝、言葉に注意

 テクニック的に言えば、先手必勝です。
例えば、高齢者の集会の会場に入って行くとします。 「○○さんです」と、紹介されてから「みなさんこんにちわ」では駄目です。 私は会場に入るなり、大きな声で、「みなさんこんにちわ」と言います。

すると、参加者の皆さんは一斉にこちらを注目します。 控席に着いて、司会者が紹介してくれた後,演壇に出ていって、「あらためまして、皆さんこんにちは! お父さん・お母さん、お元気でなによりでございます」と言います。

高齢者は「爺さん・婆さん」と呼ばれるのは嫌がります。参加者の中には、外交官の奥様とか、昔新聞の論説委員をやっていたとか、すごい経歴の人もいます。 それが若い子から「爺さん・婆さん」と呼ばれると、顔はニコニコしていても、腹の中は煮えくり返っています。 禁句です。笑わせようとして言う人もいますが、それも駄目です。

また「手遊び」がいろいろありますが、高齢者の中には、手が器用に動かない人がいます。 お風呂に入っても、タオルをギュッと絞れない人もいます。 体の伸びが無くなり、手が遠くへ届かないケ−スもあります。「こうした方が良い」などと思っても、それは、我々の元気な体を基準にして言ってる事が、よくありますので注意する必要があります。

とにかく「言葉に気をつけろ」です。これは実技指導以前の問題です。


2.2) 実技前のム−ド作り

 実技に入る場合、「どうぞ、2人づつ向かいあって下さい」と、隊形を作った後、 未熟な指導者は、すぐ実技に入ってしまいます。 私は、ワンクッションおきます。「こんにちわ、ご挨拶しましょう」と、やる。すると、その2人の人間関係ができます。むしろ、そういうものを作りあげてから、実技に入る方が、はるかにコミュニケ−ションがとり易い。

青年なら、初対面の状態からも、お互いに「こんにちわ」と、切り出す事が出来ますが、高齢者にはそれが難しい。 だから「どうぞ宜しくお願いします」 と、パ−トナ−と挨拶する機会をつくる、 そこに、ほのぼのとしたものが出てきます。それから実技に入っていく。

財に入る以前にム−ドを作っていくのです。これは特に高齢者の人が相手の場合は、大事な要素です。

一生懸命やっていても、皮肉っぽくなるケ−スがあります。
第一声とか、目線の置き方、声の調子など、感じ良いとか・悪いとかは、確かにある訳で、 FDの指導以前の問題、指導者としての問題です。

あまり軽過ぎる態度も、場合によっては逆効果です。 好感を持ったやり方を真似するなど、訓練すれば、ある程度までは、テクニックでカバ−出来ます。 FDの指導者講習会でも、こういう訓練をやるべきでした。

例えば、人と話をする場合ですが、相手を見ずに、横を向いたまま耳だけを向け、「うん、うん」とうなずくだけの態度と、相手をきちんと見ながら、一言一言相槌を入れながら話す態度と、どちらが感じ良いですか?
      (実演が入りました)
こういう点の勉強も必要で、そうしないと無意識に、人の心をグサッと刺す事があります。


2.3) 指導のリズム・タイミング・言語外伝達

1)曲の雰囲気

 指導も曲によって工夫してほしいと思います。
例えば、「ジングルベル」など、円心に前進後退する様な場合に、「左足から円の中へ4歩、1、2、・・後ろへ・・」など、一言一言じっくり説明するケ−スがあります。 これだけの動作を説明するのに、解説に書いてある通り一字一句説明する必要はない訳です。

「初めに私がやりますから、ランランランランラ−、・・はい、どうぞ!」で 出来る訳です。 呼間ばかり正確に数える指導より、「曲の雰囲気で持っていく」表現の仕方があると思います。

2)タイミングの取り方

 タイミングの取り方もあります。「ランランランランラ−、ランランランランラ−、 皆さんご一緒にどうぞ、はい、ランランランランラ−・・」と、間を入れずやる訳です。 いちいち言葉で伝えるだけではない『言語外伝達』というものがあります。

上手な人の指導をVTRにとり分析しましたが、言葉ではないテクニックが絶対にあります。 それが『言語外伝達』です。

3)リズム

 それとリズムです。例えば、「左から足踏み3つ、はいラララララ−、拍手を3つ、 タンタンタン・・」と連続でやると、比較的皆さんが乗ってきます。 それを「左から足踏み3つ」、ひと呼吸して「はい」などと間を置くと、誰も乗って来ません。 説明と参加者の動作をリズムに乗せてやる必要があります。

4)アプロ−チを早く

 アプロ−チを早くすることです。「さあ、学生時代を歌いましょう、学生時代を知ってますか、 知らない?歌詞はありますか、32ペ−ジの・・・」など、なかなか始まらない。

それより「32ペ−ジの学生時代を歌いましょう、つたのからまるチャペルで、さんはい・・」と、続ければ歌いたくもなりますが、 前置きが長くて、ちっとも始まらないと、しらけてしまいます。 踊りの場合でも、先に理屈をダラダラ言う場合がありますが、皆さんは、早く踊りたい訳ですから、先に実技をして、中途でバックグラウンドを話すなどの工夫が必要です。


2.4) 真似と経験

 経験の積み重ねです。また「上手な人の真似」をして見る事です。最初の内は、その先生そっくりになってしまいますが、そのうちに経験を積んで、その人なりのム−ドが出てきます。 FDの場合は、その人のム−ドにあった曲というのがあります。曲と指導者の相性です。

例えば、似鳥先生は、ダンディで、何を着ても似合って、それで高貴な感じのする曲をやると、いい格好になります。 ところが、それは私には合わない、真似しようとしても体型も違うのだから、ム−ドがでない。

ゲ−ムの世界で、松原先生に強烈な印象を受けた事があります。それ以後、その先生について歩き、指導のやり方をじっくり勉強しました。 初めは、松原先生のコピ−でしたが、だんだん私個人にあったやり方に変わっていく訳です。

これはと思うリ−ダに出会って感動したら、徹底して真似する事です。そういう点では、 考え方にしても、FDの人よりレクリエ−ションの人が強烈です。

ある人が電話を掛けてきました。「明日はどちらに指導に行かれますか、見せて頂きたいのですが」、「いいですよ」と言うと、着いてくる人がいます。 また「御殿場まで電車ですか、バスですか」と聞いてきた。「東京駅からバスです」と答えると、翌日、彼は東京駅で待っていた。 そしてバスで隣にすわって、御殿場まで質問のしどうしでした。 

御殿場に着いたら「ありがとうございました」と、そのまま、彼は東京へUタ−ン、2時間バスで話しをして、また2時間掛けて帰る訳です。そういう強烈な人もいます。そういう強烈な人は、FDにはあまりおりません。踊りを覚えるのに夢中になる人はいますが、指導のテクニックなどについて夢中になる人は少ない。

真似をする事と、テクニックをうまくすれば、指導の悩みは、かなりカバ−できると言えます。 先ほどのリズムとか、間の取り方とか、人をそらさない態度とかです。

みんなの前に出て行った瞬間から勝負なのです。FDのステップを忠実に教えるだけが、指導ではないと思います。


3.「楽しく一緒に踊る」姿勢

 理念的には、「FDは教えてやるよ」というものではないと思います。「指導する」ではなく、「楽しいよ!一緒に踊ってみない」というものだと思います。

そう考えると、根性悪いことは出来ません。例えば、大勢の中にはクルッと回れない人も当然おりますが、その時に「チョット!違うわよ!」と、グサッとやる様な態度です。

似鳥先生は、「ダンスは、2拍子・4拍子のたぐいか、3拍子のたぐいか、この2種類しかない」と、言ってました。 

これを拡大解釈すると、ポルカは2拍子ですが、2拍子は普通に歩く事も出来ます。 ツ−ステップも2拍子です。2拍子である点では、ポルカもツ−ステップも同じなのです。 だから、ポルカをやるのがきつい人の場合は、ツ−ステップでやっても、リズムがとれていれば構わないという事です。

高齢者対象など、その主体を尊重している人は、ツ−ステップでリズムを取っていようと、余り否定していません。
ところが、「ポルカは足を挙げてやる」との既成概念があるものですから、「ポルカは、もっと跳ねなければ駄目!」などとやるから、 主体の要求に合わなくなってしまう。

FD指導は、「教えてあげるもの」ではなく、「楽しく一緒に踊ろうよ」というものだと思います。 指導するなんて問題ではなく、また芸術なんてものでもない。


4.レクリエ−ションとしてのFD

 日本人が外国の踊りを踊っているのは、保存会とか、伝統会をやっているのではなく、レクリエ−ションの一貫としてやっています。皆さんが対象としている人達は、「この踊りはスイスの踊りだから、スイスの伝統を守ろう」 として来ている訳ではないのです。

「アルプスは重い靴を履いていて、ポルカは、ツ−ステップと同じ様になる」など、見て来たような嘘を言う。 ところが現地だって、ポルカの時は、そのように踊っているし、行って見なければ解りません。
ブルガリアの同じ曲の踊りでも、アンサンブルによって「ダイチョボ」など微妙に違いますが、 どっちも、「うちの方が正しい」と言います。

日本の相馬盆唄などもそうです。村々によって、微妙に踊りが違います。 基本はほとんど同じですが、体の向きなど微妙に違います。 「ふるさとの民踊」を出した時に、福島県教育委員会と、日本FD連盟で話しあって統一し、標準を作成しただけです。

「ホタ・モンカディニア」の例ですが、講習の後で電話が掛かってきました。 「奥さんと先生の手の位置が違っていました。どちらが正しいのですか?」と。 ダンスは、男の人は男っぽく、女の人は優しくと踊るので、そういう違いは当然ある訳です。

見せるようなダンスも多い訳ですが、そういう所の先生は、男の踊りは、男の先生が男にしか教えません。ア−トですから。女の踊りは、女の先生が女の人にしか教えません。 日本は、男も女もなく、なんでもやる、だから混乱が生じるのは当たり前です。

このように、微妙に違う事を理解できなければ、FDは理解できません。


5.主体の理解と応用能力

 私達がやっているのは、保存ではありません。 「踊る」という点では、ゴ−ゴ−だって、ディスコだって、レクダンスだって同じです。

そういう根本認識がなく、中途半端な考えで止まっていると、主体を無視して、 専門グル−プの「システム化されている指導の方法」をそのままやってしまう。 だから主体は喜ばない。

例えば、「ビ−カ」ですが、「QQS,QQS,QQQQ、QQS」です。 マレックさんは、サ−クルダンスでやりましたが、あれはゲ−ムダンスですから、ゴチャゴチャでやっても良い訳です。

高齢者が主体の場合は、サ−クルでパ−トナ−に気を使うよりは、楽しく踊る為に、 バラバラの自由隊形でやった方が、本質に迫っていると思っています。 サ−クルで次の人に移っていく様に、あの時は、たまたま彼がそうしたに過ぎない。 

それが、型にはまると、その曲を使いこなせない。踊りを変えると「いい加減、マレックさんの踊りを、ないがしろにしている」などと言われる。

「シュピッツブ−ベン・ポルカ」の踊りも、サ−クルの形で指導した事がありますが、 実際に現地へ行ってみると、観光客などが混じって大勢でやる場合は、バラバラで踊っています。 ところが、外国から先生がやってきて指導すると、その枠に、はまってしまう訳です。 私は、この曲をシュルンスのメンバ−が来る前に、日本に最初に紹介したと、思っていますので、使いこなしています。
「本質を見失う事は駄目だ」という事です。

主体が、例えば、高齢者の人、目が悪い人など、ハンディキャップを持っている人達は、8呼間丁度で方向を変えるのは難しい、不得意です。 どうしても1〜2呼間、音楽変わってもそのまま進んでしまう。1、2・・8、9、10でやっと出来る。 また、グレ−プバインがうまく出来ません。それで、足が1回休む時間を多くして、次に繋いでいます。

それが決して間違っているとは思いません。「踊る事が楽しい」と伝える事なのですから。 必ず8呼間で行って・戻るのを優先するか、楽しさを優先するか、そうすると「ダンスを指導するとは何か」を考えさせられます。

 
  やっぱり踊ると楽しい

 音楽と自分と共鳴して

 踊る仲間と共鳴があって

 全体との共鳴があって楽しい

 それに一番短い距離で、アプロ−チしていこう

そう考えると、アレンジしても良いと思っています。隊形でもそうです。 「それは違う」という人もいるから、何とも言えませんが、その人の指導の方針として考えれば良い訳です。 

余り堅くやっていると、高齢者の人には受けません。次から次にすぐ忘れる。 忘れてもいいのです、またやればいいのですから。 

それが若い指導者は解らない。「しょうがないね、宿題よ」などと、テ−プを置いていく指導者もいます。 善意でやる訳ですが、高齢者にとっては不要なのです。

ある区の公民館の主催事業で、健康体操とレクダンスの2つを同時にやった。 両方とも60人位の応募者がありましたが、健康体操の若いインストラクタ−は、主体に合わない運動を取り入れた為、参加者がどんどん減っていった。 レクダンスは、ほとんどの人が最後まで続けた。 

いくら善意で指導したとしても、ほとんどの人が脱落するようなやり方より、 大勢残るようなやり方が、指導者としては正しかったと思います。

応用能力とか許容量などの、ポイントを押さえてほしいと思います。


6.上手な指導、下手な指導

 確かに上手、下手はある。主体が違っても、うまい人はうまい、下手な人はやっぱり駄目です。

方々からキャンプなど、指導者やリ−ダ派遣の依頼がきます。 「この間の指導者は良かったよ、またお願いします」と、指名で頼まれる人や、自分が下手だと気付かないで、上手な人と同じようにやっていると思っている人など、様々な指導者がいます。 

格好が良くなくとも、ダンスが上手とは思えなくとも、指名されて帰ってくる人がいます。 その人が踊っていると、なんとなく暖かくて、ム−ドがあるという事があります。

上手な人は、人の心をそらさない、逆撫でしない。逆にステップの上手な人でも、 主体とうまく噛み合わないとか、自分ができるからと、無理を押し付けるケ−スもあります。上手・下手は、ダンスの技術の問題ではないと思います。

ダンスとかレクリエ−ションは、参加者に嫌な思いをして帰しては駄目です。 「あ〜あ楽しかった」と思うから、この次も来てくれます。そして人の輪が保たれます。 遊びに来て、怒られては嫌になります。「なんで俺は鈍いのかなあ」などと思わせて帰したら駄目ですが、 この頃そういうケ−スが多く見受けられます。あまりダンスが専門化し過ぎたからとも考えられます。

『カウントを数え、解説書そのままにやる事が指導ではない』

ことが、ご理解いただけたと思います。指導者養成の場で、ビデオクリニックなどをやると、指導の腕は良くなります。

以上で「実技指導について」の話を終ります。



[講演集目次へ]    [前の講演へ]    [次の講演へ]

・ ご感想・ご質問などは「ご意見」のページからどうぞ:東京/遠ちゃん  遠ちゃん中高年目次へ戻る 遠ちゃんフォークダンスホームへ戻る