ドリアン・グレイと光源氏


オスカー・ワイルドの長編小説「ドリアン・グレイの画像」(1891)と「源氏物語」(1010?) との間に何らかの類似性を求めることは、きわめて困難なように思われる。作品の時代・環境・風俗・主題・作風・表現・人物などのどれひとつをとってみても、すべて異質であることは、一目瞭然である。前者は西洋近代世紀末思想を代表する超現実的芸術至上主義の小説であり、後者は日本古代の優雅な王朝世界を代表する現実的心理主義小説である。このような総体的相違にもかかわらず、今私が敢えてドリアンと光源氏を並べるのは、両者の人物造型に同じような傾向が認められるように考えられるからである。
たとえばドリアンは裕福な貴族で、すばらしい美青年である。「その顔にはひと目で他人の信頼をかち得るようななにものかがある。そこには青春のあらゆる率直さがあり、同時にまた青春のあらゆるひたむきな純情もある。世俗の汚れを身にうけずにきたという感じだ。」(岩波文庫・西村孝次訳「ドリアン・グレイの画像」第二章)しかし輝かしい青春はたちまち過ぎ去り、後には、しわだらけの老醜と汚辱が待ちかまえていることを知ったドリアンは、「自分はいつまでも若さを保ち、この肖像のほうが年をとってくれればいいという気違いじみた願いを口にしたのだった。自分の美はよごされることなく、自分の激情と自分の罪の重荷を画布の顔が背負ってくれればいい、描かれた絵姿に苦悶や想念のしわが刻まれるといい、自分はそのとき意識しはじめたばかりの思春期のあらゆる精妙な華やかさと美しさをすべてとどめておきたい」(第七章)と願って、自らの肖像を画かせる。二十歳の時であった。その願いはかなえられて、彼は青春のあらゆる快楽と罪悪を重ねながら、その結果をすべて肖像画に負わせ、彼自身はいつまでも光り輝く青春を持続する。その代り画の顔は、次第にかつての輝きを失い、醜い皺と卑劣な唇と残忍な瞳に変わってくる。
そして三十八歳の誕生日を迎えた時、ドリアンの前に肖像は醜悪無慚な好色漢(サチロス)として現われる。醜怪な肖像は、彼の内部の霊が肉によって閉じこめられた苦悩の象徴にほかならない。彼は「ぼくらはめいめい自分のなかに天国と地獄をもってるんだ」(第十三章)と兇暴な絶望の身ぶりをしながら叫んで、ナイフで画像を突き刺す。その時彼の思ったことは「これのために自分の情熱は憂愁の影に蔽われた。これを思い出すだけで多くの快楽の瞬間がそこなわれた。これは自分にとって良心のようなものだったのだ。そうだ、良心だったのだ。なくしてやる。(略)過去を殺すのだ、そして過去さえ死んでしまえば自分は自由の身となれる。この恐るべきたましいの命を奪うのだ、そして、たましいの忌まわしい警告さえなくなれば、自分は平和が得られるのだ。」(第二十章)ということだった。しかし彼が得たものは、「しなびて、しわだらけで、見るも忌まわしい容貌」(同前)になった彼自身の死体だけである。そして「最後に目にしたままの主人のみごとな肖像が、えもいえぬ美と青春に輝きつつ、壁にかかっていた」(同前)のである。ここで小説は終わる。おそらく作者はドリアン自らの死による贖罪によって、彼の内なる永遠の霊を救済したのであろう。
光源氏もドリアンと同じように、自らの内部に天国と地獄をもっていたのではないか。「帚木」巻頭の文がそのことを示している。

光源氏、名のみことごとしう、言ひけたれたまふ咎(とが)おほかなるに、いとど、かかるすきごと<(浮気ごと)どもを、末の世にも聞きつたへて、かろびたる名をや流さむと、忍び給ひけるかくろへごとをさへ、語りつたへけむ、人の物言ひさがなさよ。さるは、いといたく世をはばかり、まめだち(真面目くさる)給ひけるほど、なよびかに(艶っぽく)をかしきことはなくて、交野の少將(有名な好色家)には、笑はれ給ひけむかし。(略)さしもあだめき(浮気ぽく)目馴れたる、うちつけのすきずきしさなどは、好ましからぬ御本性にて、稀には、あながちに引きたがへ、心づくしなる事を(思いつめた色ごと)御心におぼしとどむる癖なむ、あやにくにて、さるまじき(不都合な)御ふるまひも、うちまじりける。(帚木)

すなわち十七歳の若き源氏の内部には「すきごと」と「まめだち」たること、好色と真面目、卑賎と崇高、肉と霊、痴者(しれもの)と実法(じほう)なる者(蛍)、地獄と天国、パトスとエトスといった相反する性向が共存していたことが分かる。しかしその後の源氏の行動は、もっぱら「すきごと」に奔り、彼の関係する女性を不幸と悲嘆におとしいれる。葵上・空蝉・軒端荻・夕顔・六条御息所・藤壺・末摘花・花散里・朧月夜ことごとくそうである。にもかかわらず源氏は、高麗相人の予言や(桐壺)夢占や(若紫)宿曜(澪標)に象徴されるような、比類なくめでたき宿世に見まもられて、彼の青春の栄光はいささかもそこなわれることなく、かえっていよいよ輝きをます。ちょうどドリアンの青春が、そうであったのと同じように。
若き源氏は好色のかぎりをつくしながら、光かがやく青春を持続する。無慚な漁色漢でありながら、超人的に高貴な存在でありつづける。僧都をして

優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそ移らね「この世のものとも思え給はず」(若紫)

と嘆ぜしめ、その舞い姿は

入綾の程(舞いながら舞台から退く姿)、そぞろ寒く、この世のこととも思えず。(紅葉賀)

と美の極致を示す。須磨・明石の流謫も彼の青春の栄光を打ちくだくことはできない。のみならず却っていよいよその栄光を増幅する結果になる。六条院の世界はまさに源氏にとって永遠なるべき栄光の象徴であった。彼はまったく老いを知らない。すでに三十六歳の初老の源氏が、二十二歳になる養女の玉鬘に接する姿は

つきせず若く清げに見えたまふ。(蛍)

玉鬘から四十の賀をうける源氏は

いと若く、清らにて、かく御賀などいふことは、「ひが数へにや」(年の数え違いであろう)とおぼゆるさまの、なまめかしく、人の親(おや)げなく(若く)おはしますを云々。(若菜上)

という有様である。このように源氏がいつまでも「若く清らに」在り得たのは、じつは彼の愛を頒ち合った多くの女性の忍苦と犠牲との代償によるものであった。そしてその忍苦と犠牲を一身に引きうけたのが六条御息所の怨霊にほかならない。怨霊は物怪(もののけ)となって源氏の前に姿をあらわし、その苦悩を訴える。

嘆きわび空にみだるる我がたまを結びとどめよしたがひのつま(嘆き悲しんで宙に迷っている私の苦しい魂を下前の褄を結んで、つなぎとめて下さい)(葵)

しかし源氏は世間体をはばかって、ただ「あさましとは世の常なり」(同前)と思って、嫌悪の情を示すだけである。ここには自らの行為にたいする罪の意識はいささかもない。責任はすべて醜怪な物怪のせいにされる。物怪が源氏にだけしか見えないことは注目される。さきに夕顔がなにがしの院で頓死するときも物怪があらわれ、源氏にだけしか見えなかった。もっともこの物怪は御息所ではないという説もあるが、その場の情況から推してやはりその正体は御息所とすべきだろう。御息所の物怪が源氏にだけしか見えないこと、相手は夕顔・葵上という不幸な女性であること、御息所歿後二十年たってなお、彼女とは何のかかわりもない紫上・女三宮にまでおよんでいることは、じつは物怪の正体は源氏自身の「心の鬼」(紅葉賀・若菜下)の生みだしたものであることを示すものではないか。しかし源氏は物怪を一方的に、御息所のうとましい執念として嫌悪する。
物怪は源氏にとって、ドリアンの肖像画のような役割をはたしている。ドリアンが自分の犯した罪の責任をすべて肖像画に負わせたのと同じように、源氏もまた自分の罪の責任をすべて物怪に負わせる。醜怪な肖像画が、じつはドリアンの良心の痛みであったのと同じように、醜怪な物怪もじつは源氏の良心の痛みではなかったか。ドリアンも源氏も良心の痛みを、自己とは何のかかわりあいもない、疎ましいものとしてみるかぎり、彼らは安んじて青春の栄光を享受することができた。しかし物怪が、源氏の人間存在の根底にひそむ弱点、彼がいちばんそっとしておきたい精神的な疵と、のっぴきならないかかわりをもつにおよんで、めでたき宿世は崩壊し、青春の栄光は消え去る。危篤に陥った紫上に物怪があらわれ

「人は、みな去りね。院(源氏)ひとところの御耳に聞えむ。云々」とて、髪をふりかけて泣くけはひ、ただむかし見給ひし物の怪のさま(六条御息所)と見えたり云々。ほろほろと、いたく泣きて、「我が身こそあらぬさまなれそれながら空おぼれする君は君なり(私こそ昔と変わりはてた姿ですが、昔のお姿のままで空とぼけていらっしゃるあなたはずいぶんひどい方です)いとつらし、つらし」と、泣き叫ぶ云々。(若菜下)

しかしここにいたっても源氏はまだ空とぼけて「あさましく、むくつけく、うとましき」(同上)
ものとして、祈祷で物怪を封じこめる。紫上介抱のため源氏が六条院を留守にした間隙をついておこった女三宮と柏木の密事は、源氏の人間存在の根底にひそむ弱点をついた。
さかさまに行かぬ年月よ。老いは、えのがれぬわざなり(同前)

この源氏の嘆声は、めでたき宿世も青春の栄光も消え去ったことの確認にほかならない。そして若君誕生にあたって

さても怪しや。「わが世とともに、おそろし」と思ひしことの報いなめり。この世に、かく、思ひかけぬ事にて、むかはりきぬれば、後の世の罪は、すこし軽むらむや(同前)

ここで源氏は、はじめて人間存在の根源的な罪の自覚に到達した。若い時にも罪の意識はあった。たとえば北山の僧都から「世の常なき御物語、後の世の事など」聞くと 

「わが罪のほど恐ろしう、あぢきなき事に(藤壺との秘密)心をしめて、生けるかぎり、これを思いなやむべきなめり。まして後の世の、いみじかるべき」(若紫)

と思うのであるが、後に藤壺との間に生まれた不義の子を父帝が何も知らず、源氏の幼な顔とそっくりなのをひどく可愛いと思われるのを見て、

中将の君(源氏)面の色かはる心地して、 恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あはれにも、方々うつろふ心地して、涙落ちぬべし。物語などして、うち笑み給へるが、いとゆゆしううつくしきに、わが身ながら、これに似たらむはいみじういたはしう覚え給ふぞあながちなるやあながちなるやは源氏の身勝手に対する作者の非難であろう)(紅葉賀)

このように若い時(十九歳)の源氏の罪の意識は、世間的な配慮によるものであり、世間に漏れなければそのまま素通りできる程度のものであった。しかるにここにいたって罪の意識は、彼の存在そのものにかかわる痛切な自覚に深められている。物怪はさらに女三宮にもあらわれ

「かうぞあるよ。(略)このわたりに(女三宮のあたり)さりげなくてなむ、さぶらひつる。いまは、かへなむ」とて、うち笑ふ。(柏木)

この笑いはおそらく源氏の良心の解放の笑いであろう。しかしこのとき源氏の生涯はすでに終わっていた。四十八歳であった。

「しづかに思ひて、嘆くに堪へたり」(同前)

ちょうどドリアンが、醜悪な肖像画を突きさし、自らの良心を救ったその瞬間に彼の生涯が終わったように。