円地文子訳「源氏物語」について
「源氏物語」の訳本は数種類あるが、私には円地文子訳がいちばん面白く思われる。というのは作中人物が古典の世界から抜け出て、現代に生きているように感じられるからであり、「源氏物語」が現代小説としてそこにあるからであり、古典の死語が訳者の豊かな感受性によって、ふたたび命を与えられているからである。この訳本には原典にはない創作的な部分が加えられている。この点では同じく文学的に訳すことを志した谷崎源氏の方が原典により忠実である。しかしその創作的な部分は恣意的なものではなく、原典の深い教養に支えられながら、同じ女性の立場から想像力をはばたかせ、作中の女性を鮮かに現代に蘇らせる。その新しく加えられた部分の二、三を挙げれば、源氏が一夜の契りをとげた後五、六日して書き送った手紙の眩いばかり美しい筆蹟を見て涙に目もくもりふさがって空蝉が、「心えぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて臥し給へり」(帚木)とある「心えぬ宿世」を次のように訳している。
昨日まで、いや、つい今し方まであの夜の光る君のことを心に偲びつづけてい、そのままお便りのないのを、摘み捨てられた野草の花のように恨めしく、わが身をわびしく情けなく思っていたのであったのに、こうしてひたぶるに恋心を訴えて、弟を仲立ちに文を通わせ、又の逢瀬を契ろうと語らいかけられてみると、女はおし迫ってくる男君のわりない情念が恐ろしく、身を守り門を閉ざす姿勢になるのである。あの若く美しく尊い生まれの眩しい人に、かりそめにも恋された喜びに自分はどうしてわれを忘れて酔い痴れられないのか。それはただ、伊予の介を恐れたり、世間の聞えを怖じたりするためばかりであろうか。いえそうではない。それだけだったら、自分があんまりみじめでやりきれないだろう。あのことのない前であったら、私は、ただそれだけのことでも自分を守る楯にしてその陰に必死に身を隠したかもしれない。でも今の私はあの方を知ってしまった。この世には、このようにも美しく、あでやかに、匂いみち、光り満ち、時に明かな憎悪や苦痛を伴う烈しい闘争さえも、管弦の奏楽の高潮した時のような快い恍惚と麻痺のうちに、冷たい花びらの渦の中に眩暈(めまい)し、やがて底もなく静まりかえる喜びにいつしか置き替えられる不思議さがあろうとは、あの夜まで誰が思いもうけたろうか。私は、私にあのような花渦の中の眩暈をみせて下さったあの方を明らかに恋しはじめている・・・恋しているからこそ、あの方のおっしゃるようにやすやすとは振舞えないのではないか。この私が、もう二度と昔の伊予 の介の妻に返れない遥かな境に連れ去られて来てしまったことも、私自身が誰よりもよく知っている・・・辛い、あやしい宿世の縁にあやつられていくわが身よと思いつづけて、お文を胸に抱いたまま女は横になっても、その夜は夜もすがら眠りかねた。
これはもはや訳ではなく創作である。「花渦の中の眩暈」という隠喩は、源氏への愛に惹かれる心とそれを断ちきる心との両極の間に揺れうごく空蝉の辛い、あやしい運命を生き生きと形象化している。ここを谷崎源氏は「あやしい因縁が又一つ加はった身を案じてつづけて、打ち臥してしまはれます」と訳する。
藤壺が臨終に自分の一生をふりかえってみる箇所「御心の中に思し続くるに、高き宿世、世のさかえも並ぶ人なく、心の中に飽かず思ふことも、人にまさりける身と思し知らる」(薄曇)は次のように訳する。
あの若い日に、藤壺の御簾や几帳に紛れながら何ごころもなく自分にまつわって来た世にも麗しい皇子・・・天つ空から仮に降り下って来た天童のように光り満ち、匂い満ちて清浄無垢に輝いていたあの少年は、いつか物思いのおびただしすぎる若人の姿に変って、ある時は枝を露に撓められた桜の花群のような悩ましさに頸(うなじ)を重らせ、ある時は精悍な隼(はやぶさ)のようにまっしぐらにねらい撃つ剄(つよ)さ烈しさの悲しみに怯(おび)えて、羽ぶるいながら自分を捕え、揺すぶり、二つを一つにして見知らぬ境に連れ去って行った、二人はたしかに一つものに変って、幻の世界にいた、でも私はただ一言も、あの人に言葉で許すとは言っていない。私はいつも何かを楯(たて)にしてあの人を避け、とうとう避けとおして命を終る日まで来てしまった。言わなかった私自身はあの人のうちに生きているであろう、それでも私はそれを言葉になし得なかった運命は辛い。
ここでは藤壺の心の中に故桐壺院への罪の意識はまったくあらわれない。ただ源氏の愛を一言も許すと言えないで命を終わらねばならない自分の運命を辛いと思うだけである。訳者は藤壺を幻の世界を飛翔するひとりの女としている。谷崎源氏はここを次のように訳している。
お心のうちに思いつゞけ給ふと、貴い宿運、此の世での栄華も並ぶ人がなく、胸のうちに際限もなく物思ひをすることも、人にまさっている我が身であったことがお分りになるのです。
最後にもう一つ、朝顔からの返事を源氏が見るところ(朝顔)、原典の空白を次のように訳する。
大臣はお文の字を御覧になりながら、いつか、お亡くなりなった入道后の宮(藤壺)の、ひたすら軟らかなうちにこの上なく気品を湛えた御手蹟と、同じ高い気品のうちに、秋の夜気のように冴え返った冷たさの漂っていた亡き六条の御息所の御筆とを、両の手に捧げるように心に浮べていられた。このお二方はもうこの世にはおいでにならないとお思ひになるにつけて、大臣のお心はかってお二方に持ったような憧憬や恐れを向ける現し身の女として、この朝顔の前斎院よりほかには今はこの世においでにならないことをしみじみお思い入りになるのであった。それは、対の上(紫上)をこの上なくお慈しみになり、また、御息所の御息女の斎宮の女御にただならず動いてゆく恋心では、決して紛らされないあこがれであり、わが身を跪かせたい思いなのであった。
ここで訳者は藤壺と六条御息所を全く同列におき、二人の筆蹟を両手に捧げもつように源氏に思わせる。そして二人への源氏の愛を憧憬と恐れという矛盾した気持と見、彼女らの亡き今、この気持ちをもつことのできる現身の女は朝顔よりほかにはないと思い込ませる。そのとき最愛の紫上さえ水平線上に浮かんでこない。この三人への思いは、わが身をその前に跪かせたいほどのものであった。考えてみれば円地文子にとって、物語中最も魅力ある女性は藤壺・六条御息所・朝顔それに空蝉の四人ではなかったか。作者紫式部は、資質においても容貌においてもそれぞれに異なるこの四人に、最も深く自分自身を投影させているように思われたのであろう。
参考文献 円地文子「源氏物語私見」新潮社