「源氏物語」の四季について


「源氏物語」における春夏秋冬の用語例は春74、夏15、秋73、冬11となる(「源氏物語大成」による)。春秋が拮抗し、夏冬が格段にすくない。この割合は「古今和歌集」における四季の部立に相応する。すなわち春134首、夏33首、秋144首、冬28首である。
これから見ると、「源氏」の四季観は和歌的範疇に属し、繊細優美な王朝風雅の世界を基盤としているように見える。もっとも春秋を好むのは何も王朝風雅の世界に限ったことではなく、「万葉集」でも同様であって、額田王が春山の万花の艶と秋山の千葉の彩の優劣を判じた長歌(巻一・一六)に見られる。これは「源氏」にも継承されており、たとえば

春の花の林、秋の野の盛りをなむ昔よりとりどりに人あらそひ侍りける、そのころのげにと心よるばかりあらはなる定めこそ侍らざなれ。唐土には、春の花の錦に如くものなしと言い侍るめり。やまと言の葉には、秋のあはれをとり立てて思へる、いづれも時々につけて見給ふに、目移りてえこそ花鳥の色をも音をもわきまへ侍らね。(薄雲)

と源氏に言わせている。六条院の造営にあたっては、紫上の春の町と中宮の秋の町との造園に風雅の美をつくし、とくに秋の町については「嵯峨の大堰のわたりの野山、むとくに気壓されたる秋なり。」(少女)と書かれる。なお春秋の優劣を夕霧と論ずるにあたって源氏は

否、この定よ(優劣の判定)いにしへより人の分きかねたることを、末の世に下れる人の、え明らめはつまじくこそ。(若菜下)

と言う。以上引用文の「昔より」「いにしへより」という語にも知られるように、春秋優劣論は日本古来の傳統的美意識によるものであって、とくに王朝風雅の世界に限定されるべきものとは思われない。

しかし「万葉」の四季歌の部立を見ると春122首、夏103首、秋440首、冬69首(巻八・巻十)となっている。秋が突出し春夏がほぼ釣合い冬がすくない。すくないと言っても、その全体に占める割合は「源氏」・「古今」に比べればはるかに多く、夏も春に比肩するほど多い。このことから考えられることは、やはり「源氏」・「古今」における四季観の特殊性ということだろう。それは何に因るか。基本的には開放的な律令制と閉鎖的な摂関制との相違に基づくものではないか。万葉人における四季の受容は、おおむね自然の山野であり、王朝人のそれはおおむね宮廷か、その周辺の貴族の邸宅である。「古今」の四季の歌が歌会・歌合・屏風歌などの宮廷的集団の場で詠まれたこと、「源氏」の四季が六条院の庭園に集中していることを思えば容易に納得されるだろう。もしそうなら「源氏」・「古今」の四季に夏冬がすくないのは、夏暑く冬寒く湿気の多い京都の気象条件に因ることが多かったのではないか。現在でも京都の寒暑は他に例を見ないほど異常に感じられるが、千年前の外界から遮蔽された寝殿造では、その耐えがたさは想像を絶するものがあったろう。たとえば夏の暑さについて
いと暑き日、(源氏は)東の釣殿に出で給ひて涼み給ふ。(略)風はいとよく吹けども、日のどかに曇なき空の、西日になる程、蝉の声などもいと苦しげに聞ゆれば、(源氏)「水の上むとくなる今日の暑かはしさかな。無礼の罪は許されなむや」とて寄り臥し給へり。(源氏)「いとかかる頃は、遊などもすさまじく、さすがに暮し難きこそ苦しけれ。宮仕する若き人々堪へ難からむな。帯ひも解かぬ程よ。(常夏)

また冬の寒さについて

(女房)「あはれ。さも寒き年かな。命長ければ、かかる世にも逢ふものなりけり」とて、うち泣くもあり。「故宮おはしましし世を、などて辛しと思ひけむ。かく頼なくても過ぐるものなりけり」とて、飛び立ちぬべくふるふもあり。(末摘花)

このようなきびしい寒暑は、本来繊細優美な王朝の風雅にはなじまぬ。夏冬の用語例がすくなくなる所以である。この点において「源氏」は「古今」とその四季観を同じくする。しかしなお立ち入ってみればその間におのずから相違のあることが見えてくる。「古今」の夏の歌はほとんど郭公(ほととぎす)に占められ、冬は雪に占められる。表現の仕方は見立てか擬人法である。たとえば

夜やくらき道やまどへるほとゝぎすわがやどをしもすぎがてになく   紀友則
雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける      紀貫之

「源氏」では夏のものとして藤・橘・郭公・水鶏(くいな)・卯花・撫子・薔薇・牡丹等、冬のものとして月・雪・霰・霙等「古今」よりはるかに多く、散文表現に見立てや擬人法はきわめてすくない。「源氏」の四季観で注目すべきことは「古今」の類型的発想を突き抜けたところにある。たとえば

階(はし)のもとの薔薇気色ばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしき程なるに、うちとけ遊び給ふ。(賢木)
遥々と物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう繁れる蔭どもなまめかしきに云々。(明石)
(源氏)「時々につけても、人の心をうつすめる、花紅葉の盛りよりも、冬の夜のすめる月に雪の光りあひたる空こそ、あやしう色なきものの身にしみてこの世の外の事まで思ひ流され、面白さもあはれさも残らぬ折なれ。すさまじき例に言ひ置きけむ人の心淺さよ」
(朝顔)冬の夜の月は人に違ひてめで給ふ(源氏の)御心なれば、面白き夜の雪の光に、折に合ひたる手どもひき給ひつつ云々。(若菜下)

ここに至っては、もはや作者の孤独な魂は王朝風雅の世界を遠く超える。はるか後の宇治大君の死を予告する。
風いたう吹きて、雪の降るさまあわただしう荒れまどふ。(略)光もなくて暮れはてぬ。(總角)