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エスプリ/池田芳夫&高瀬アキESPRIT/YOSHIO IKEDA & AKI TAKASE
[1]マイルストーンズ
MILESTONES(Miles Davis) [2]黒いオルフェくべース・ソロ> MANHA DE CARNAVAL(Luiz Bonfá)〈Bass Solo〉 [3]アイム・オール・スマイルズ I'M ALL SMILES(Michael Leonard) [4]ミスター・ピーシー MR.P.C.(John Coltrane) [5]ラウンド・アバウト・ミッドナイト 'ROUND ABOUT MIDNIGHT(Thelonious Monk) [6]オレオ OLEO(Sonny Rollins) [7]夢のあとに〜バレンシアくピアノ・ソロ> APRÈS UN RÊVE〜VALENCIA(Gabriel Urbain Faur,Aki Takase)〈Piano Solo〉 YOSHIO IKEDA:Bass 池田 芳夫:ベース AKI TAKASE:Piano 高瀬アキ:ピアノ ○riginal sessions produced by Genji Sawai Recorded digitally at Teichiku Suginami Studio,TokyoNovember26&27th,1981 Cover Illstration: Yuri Takase Re-Issue produced &prepared forcompact disc by MikaFujita&Masaaki onuki Digitally remastered direct from the original digital mastertape by Masao NakazatoatONKIO HAUS,Tokyo Director of Engineering: Mac onuki Art Work: Akiko Tanaka Originally released as LP = ULP‐5501,February 25th, 1982 |
| 音楽の移り変わりは、その時代背景を常に伴っている。クラシック音楽がそうだったように、ポピュラーミュージックもその時代の社会や文化の変化に敏感に反応して変わってきた。特に、この1900年代に入ってからの社会文化の変化と音楽の変化は著しく、これまでの10年単位の変化が1年単位に変化し、音楽の歴史を語るにも、1年ごとの移り変わりを語らずしては語れなくなってきた。そんな中で、モダン・ジャズと呼ばれる音楽が生まれて僅か50年、この音楽の変化も驚くべき物が多くあった。 何故僕がこういう話から話を始めたかというと、この『エスプリ』というアルバムが、日本のジャズの歴史では地味ではあるが、重要な日本のジャズ・ヒストリ―の中でのエポックとなっているからだ。黒人社会の中での自由な表現音楽として生まれたジャズが、アメリ力社会の中で大きく育ち、それが世界的なレベルに拡がり、日本にも1940年代頃から拡がり始め、最初は輸入文化であったジャズも、1960年代頃からは日本人独自のオリジナル・ジャズが模索され始めた。そして、1970年前後になると、渡辺貞夫、菊地雅章、日野皓正、佐藤允彦、富樫雅彦といった日本のジャズ・フロンティアー達によって次つぎと新しい個性的な日本のジャズが生まれていった。それが、1970年代の中期頃から、ジャズの方法論の多様化や、これまでのジャズの自由な精神と同質の物を持ったロック・ミュージックの誕生等で、ジャズの世界は混沌としてきたのだ。こういった混沌とした状況の中、形式主義に陥りがちな70年代ジャズ界にあって、地道に本来のジャズ精神を継承しつつ、独自のジャズ世界を探求する数少ないジャズ・ミュージシャンの中に池田芳夫と高瀬アキがいたのだ。 僕はその当時、ジャズ・サックス・プレイヤ−であると同時に、アルバム制作のプ口デュ−サーでもあった。池田さんのグループで演奏もした事があったし、アキさんと度たび―緒に演奏する機会があったので、池田さんの革新的でスリリングなプレイや、アキさんの自由奔放でパワフルなプレイはよく知っていた。そんな時、池田さんより、「アキさんと最近デュオを始めて、それが大変面白い演奏なので、―度演奏を聴いてくれないか…」という話があり、早速、彼らのライヴを拝見させてもらい、”これは凄い!”という事になって、レコ−ド会社用にデモ・テープを作ろうという事になった。このテープをテイチク・レコードのディレクターだった小貫氏に聴いてもらったら、即、レコードを作ろうという事になった。こうしてトントン拍子に事は運んで81年の11月26、27両日でレコーディングは行われた。 彼らのレパートリー(といっても、どんな曲であれ彼らは演奏できるのだが)の中から出来るだけ多くのジャズ・ファンがよく知っている曲を選んでいこうという事になって、最終的にこのアルバムに収められている曲になった。演奏は、それぞれ、毎回の即興演奏だったので、テイク1、テイク2、テイク3、みんな興味深い演奏だったのでどのテイクを採用するかでみんなともめたのを覚えている。べ一ス・ソロのみの曲を1曲と、ピアノ・ソロのみの曲を1曲含めて全7曲、全て素晴らしいテイクである。 [1]マイルストーンズ マイルス・デイヴィスの作った有名なモ−ド・チューン。最初、2人のフリー・インプロヴィゼイションから始まり、テ―マヘと入っていく。テーマとアドリプはAABBA型式でテーマ後、ピアノ・ソロが6コーラス。その後のべ―ス・ソロではスピード感溢れるプレイが聴ける。アキさんの手拍子によるバック・アップも面白い。 [2]]黒いオルフェ 映画「黒いオルフェ」のテーマ・ソング。この曲はべース・ソロのみで、美しくエモーショナルなメロデー・ワークのあと、アドリブがあり、最後のカデンツァではべ−スだけとは思わせないほどの盛り上がりを見せている。 [3]アイム・オール・スマイルズ 美しいスタンダード曲で、ワルツのリズムに乗せてビル・エヴァンスを思わせるコード・ワークでメロディーが弾かれる。べース・ソ口では、バックにアキさんの自分の唄を混じえたメロディー・バッキングがインタープレイならではの醍醐味を味あわせてくれる。 [4]ミスター・ピー・シー ジョン・コルトレーン作曲のあまりにも有名なマイナー・プルース。アレンジをほどこした軽快なイントロダクションに続いてテーマが始まるが、このメロディーに・ハーモナイズしたコード・ワークが興味深い。ここでのピアノ・ソ口では彼女のこれまでの色んなピアニストの影響を感じさせるが、見事に彼女のオリジナル・スタイルを作り上げているのがよくわかる。 [5]ラウンド・アバウト・ミッドナイト セロニアス・モングが作ったバラードで、マイルス・ディヴィスの演奏でも有名。ここでは、サビがピアノで、A部分がべースのメロディーになっている。エンディングのメ口ディーはべースのボウイング・ソロで、哀愁溢れるプレイが心を打つ。 [6]オレオ ソニ−・ロリンズ作のスタンダ−ドなジャズ・チュ−ン。ベースとピアノのユニゾン・メロディ−のテーマ後、ピアノとべースのフォー・バース(4小節ごとのかけ合い)ソロから始まって目まぐるしいインタープレイの展開があって最後にはフリー・インプロヴィゼイションヘと展開していく。 [7]夢のあとに〜バレンシア フォーレの「夢のあとに」をイントロにして、このアルバム唯―のオリジナル「バレンシア」ヘと続いていく、この曲はピアノ・ソロで、アキさんの音楽の懐の深さを感じるプレイである。 池田芳夫 僕がまだ大学生だった頃(1971年頃)、菊地雅章セクステットは、若い連中の間では凄く人気が高く、開かれるコンサートは常に満員の盛況だった。あるコンサ―トで初めて彼らの演奏を耳にした僕は、彼らのアグレッシプでパワフルなプレイに圧倒されてしまった。そのコンサートが池田さんのプレイを生で開く初めての機会だった。べ−ス・プレイヤ―というのは、基本的にはサウンドの基盤を作る為のなくてはならない存在である。しかし、リスナーもプレイヤーも、どちらかというと、ソ口・プレイが素晴らしいぺース・プレイヤーが優れていると思いがちである。そんな中で池田さんのべーシックで一音一音弾き出すサウンドの要としてのべース・サウンドは、音楽の音楽たるべく中でのべースの在り方を強力にアピールしていたように思う。池田さんのプレイを聞く度に、べースという楽器の何たるかを教えられてきたような気がする。 |
ここで彼の簡単な略歴を紹介しよう。 1942年大阪生れ、18歳の時から大阪NHK交響楽団の前野繁雄氏に5年間師事し、23歳の時に上京。上京後は、ゲーリー・ピーコック氏に師事し、大沢保郎トリオ、杉本喜代志トリオ、松本浩トリオ、沢田駿吾クインテット、大野雄二トリオ、佐藤允彦トリオ、渡辺貞夫カルテット、菊地雅章セクステット、日野皓正クインテットを経て、74年に自己のグループを結成して活躍、80年よりこの高瀬アキとのデュオを始める。 79年には、自己のグループで“新宿ジャズ賞”を受賞。現在は、自己のグル−プのほか、宮沢昭クインテット、ソ口・べース、ギター・デュオ等で活躍中、また、彼自身主催による交通遺児チャリティ−・コンサ−トは、これまでに99回おこなわれている。 <リーダー・アルバム> 「スケッチ・オプ・マイ・ライフ」(78年キング・レコード) 「風媒花」(79年キング・レコード) <代表参加アルバム> 「藤」/日野皓正クインテット 「ベルリン・ジャズ・フェスティバル」/日野皓正クインテット 「ハートマン・ミ−ツ・ヒノ」/日野皓正クインテット 「スピリチュアル・ネイチャー」/富樫雅彦 最新作は自主制作で、札幌のギタリスト、岡本ひろしとのデュオで、「芳 FRAGRANCE」/池田芳夫(90年)がある。 このアルバムに関して彼自身に語ってもらった。 池田:
高瀬アキ 彼女との出会いは、75年前後だったと思う。その当時、アメリカ軍の施設だった赤坂の山王ホテルで彼女は生演奏の仕事をしていて、ある日僕が参加しているリハーサル・オーケストラとジョイントして彼女のコンサートをやろうという事で知り合ったように覚えている。その頃の彼女は、まだクラシックからジャズに転向して何年も経っていなかったせいか、現在のようにエネルギッシュでエモーショナルなプレイは見られなかった。 その彼女がその後渡米し帰国後闘病生活を一年近くした後、ジャズ界に復帰した頃、たまたま一緒に演奏する機会があった。その時の僕の驚きは現在でも鮮明に残っている。フッ切れたというか、開眼したとでもいうか、何しろ凄かった。何が彼女をそこまで変えたのかは解らないが、おそらくアメリカでの生活や、闘病生活中の様ざまな経験や想いが、彼女を変えたのだろう。 彼女とのアルバム制作のつきあいはデイヴ・リーブマンをゲストに迎えた『ミネルバの泉』から始まり、この『エスプリ』、二ュ―∃−ク録音の『ABC』へと続いた。 その後、彼女はベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演したのを機に、自分のグループでヨーロッパ・ツアー等を行い、86年にはドイツ在住の人となった。現在では、ドイツの作曲家でありピアニストでもあるアレックス・フォン・シュリッペンバッハと結婚し、彼のオーケストラヘの参加や、自己のグループ(ボーカルのマリオ・ジョワイオとべースのニールス・ヘニング・エルステッド・ペデルセンらが参加している)での活動、ストリング・セクションとの競演など精力的な音楽活動を続けている。第2の秋吉敏子になるのもそう遠い日ではないように思う。日本での演奏をたまにしか聴く事が出来ないので残念だが、数少ない日本人の世界的アーティストとして今後も活躍してほしい。 最近のジャズは進路を見失った船の様に、なかなか新しいフィールドが見えてないように思う。音楽の複雑多様化した状況がそうさせているのかもしれないが、少なくともこのアルバム『エスプリ』が作り出しているエモ−ショナルでアグレッシプな音楽世界をいまのジャズ・アーティストは忘れないで探求してほしいと思う。新しい状況を創り出さねばいけないとは言わないが、やはりこのアルバムの演奏の様に、聴き手もプレイヤ−も“ワクワク”する感じが、ジャズなんじゃないだろうか。
1991年1月8日
沢井原児 |
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