パッヘルベルのカノンと日本のヒット曲
・「パッヘルベルのカノン」とはどういう曲か、またどういうしくみでできているか
「サウンドを再生する」設定になっていれば、MIDIによる「カノン」の演奏が流れます。
パッヘルベルのカノン−−−−−−−−
この曲に魅せられたのは中学生の時でした。それから何百回聴いても、飽き
るということがありません。
なぜか、涙がでそうになるのです。この曲を聴くと。
曲名を聞いて「知らない」と思った方でも、きっとこのメロディを聴けば、
聴き覚えがあることと思います。
「喜びを表すとともに厳粛な雰囲気を作りたい」ようなセレモニーで、必ずB
GMに流れている曲です。
パッヘルベルは作曲者の名前、カノンは曲の形式を表す言葉です。
パッヘルベルはパロック時代の有名なオルガン奏者です。バロックは、ビバ
ルディやバッハ、ヘンデルが活躍した時代で、モーツァルトやベートーベンは
もっとあとの時代の人になります。
バロック時代の音楽の特徴は、ポリフォニーという、同時に複数のメロディ
が演奏されて、瞬間瞬間に新しいハーモニーが生まれる音楽となっていること
です。
カノンは、そのポリフォニー音楽の一形式で、あるパートが演奏したメロ
ディを、べつのパートが遅れて演奏するものです。
要するに、「かえるのうーたーが・きこえてくーるーよー」の「きこえて」
にあわせて別のパートが「かえるの」と歌い出す、輪唱と同じことです。
パッヘルベルのカノンは、この形式を完全に忠実に守りながら、驚く程の曲
想の広がりを見せています。
バッヘルベルのカノンでは、8拍のメロディが、3つのパートで追いかけな
がら演奏されます。
第1パートが演奏した8拍を次の8拍で第2パートが繰り返す、その時には
もう第1パートは別のメロディを演奏している、次の8拍ではさらにもうひと
つ新しいメロディが重なって演奏される....以下、8拍ごとに、同時に演
奏される3つのメロディのうちのひとつが新しいメロディに変わりながら、音
楽が進行していきます。
こういう形式をとるため、必然的に、コード進行(和音)は、初めの8拍の
進行が最後まで同じ形で継続します。
パッヘルベルのカノンのコード進行は、(本当はニ長調ですが、ハ長調で書
くと)
C−G−Am−Em−F−C−F−G
何とも美しい音の流れです。
そして、このコード進行は、現代の日本人にとって最も親しいコード進行に
なっているようです。
1990年代のヒットチャートにのった曲の数多くが、このコード進行に
乗っているのです。
・「パッヘルベルのカノン」進行と日本のヒットチャートの歴史
「パッヘルベルのカノン」の美しいコード進行を、私は常々「黄金の進行」
と呼んでいました。
ポップ・ソングには定石ともいえるコード進行の仕方があるということを
知ったとき、驚きとともに、自分がいままでに心惹かれた曲の多くが、「パ
ッヘルベルのカノン」と同じような進行を部分的にでも取り入れていること
に気づきました。
それから、この進行を使った曲にはすごく敏感になったのですが、特に’90
年代にはいってから、日本のヒット・チャートを賑わしている多くの曲からこの
進行を聞き取れるようになりました。
いわば、これが、日本人の「心のコード進行」になりつつあるのではないかと
思えます。
日本のミュージックシーンでこの進行による最初の大ヒットは、赤い鳥の「翼
をください」ではないでしょうか?前半ではじわじわと緊張を高め、サビで堂々
とこの進行に乗って、大空を飛びたいという願いを爆発させます。なんとも爽快
です。
そして、この歌詞は、この進行で作られた曲の多くに今なお影響をもたらして
います。
その後の歴史を、私の興味に従って跡づけてみますと....
「かぐや姫」も、はっきりとではないけど、「妹」「なごり雪」ではこの進行
のテイストを感じさせる曲作りをしています。
「チューリップ」は、「心の旅」で高らかにこの進行をブリッジで使い、バラ
ードの部分では、この進行の一部のメジャーとマイナーを逆転したような進行で
しっとりとした情感を漂わせ、歴史的な名曲となりました。それ以後も、「夏色
のおもいで」「僕がつくった愛の歌」で、この進行をさらに展開していく道を模
索し続けました。「僕がつくった愛の歌」でこの進行の最後をBsus4−E7と緊
張を高めて次へつなぐ手法など、ぞくっとしてしまいます。
中島みゆきもこの進行を好んで使っています。曲の一部でそっと使うことが多
いですが、初期の曲「傷ついた翼」では、サビの部分が完全に忠実にこの進行に
なっていて、自分にとって思い出深い曲ということもあって私の中ではベストで
す。詞が「翼をください」と似たテーマになっている点にもご注目。
その次に来るのは、意外にも桑田佳祐で、「Ya Ya あの時代を忘れない」
では、「パッヘルベルのカノン」進行をこのうえなく優美に聴かせてくれました。
最後から2番目のFのかわりにFmを使っているところがもうたまらなく心憎い
演出です。
桑田作品中、KUWATA BAND の「MERRY CHRISTMAS IN SUMMER」ではちょっとレゲ
ェ風、ソロシングルの「悲しい気持ち」ではテクノ・ポップ風にと、このコード
進行をいろいろ楽しいアレンジで聴かせてくれました。そして、永遠の名曲「真
夏の果実」は4つめがEmのかわりにCになった「パッヘルベルのカノン」進行
です。
1990年、KANの「愛が勝つ」の登場はその時代のミュージックシーンを
一気に変える力がありました。なぜか、音楽にメッセージがあるのは「ダサイ」
という風潮が’80年代いっぱい支配的で、その頃には、’70年代フォークな
ど「ダサイ」の象徴のように見られていました。その時代を吹き飛ばすように、
「最後に愛は勝つ」と屈託なく、かつ力強く、「パッヘルベルのカノン」のコー
ド進行に乗せて、彼は歌ったのです。この時代の特徴である強引な転調を繰り返
す手法はこの曲にも表れていますが。
時代は変わり、’90年代には岡本真夜「TOMORROW」のように、スト
レートに明日への希望を託す歌が次々と高らかに歌われるようになりました。そ
してこの曲の中でもまた、「パッヘルベルのカノン」のコード進行が揺るぎない
力強さで展開されていたのです。
「パッヘルベルのカノン」の進行を、みずからの音楽テーマであるかのごとく
繰り返し歌い続けてしるアーティストもいます。
「あみん」を解散したあとの岡村孝子は、主要な作品の多くでこの進行をサビ
に持ってきています。ひとつ例をあげるなら、「夢をあきらめないで」は、地味
ながら力づけの歌としていろいろな場所で歌い続けられています。
米米クラブも、かなりいろいろな作品の中で、この進行で歌っていますが、真
正面からとりくんでいるのは、「浪漫飛行」ですね。メロディがあるのかないの
かよくわからないAメロから、「パッヘルベル」進行によるくっきりとしたメロ
ディが出てくるところの爽快感といったら、たまらないです。
そして、現在もっとも「パッヘルベル」なアーティストといったら、ZARD
に間違いありません。主要なシングル曲の殆どが、サビメロは「パッヘルベルの
カノン」進行でできているという徹底ぶり。「負けないで」「揺れる想い」「サ
ヨナラは今もこの胸にいます」「心を開いて」「君に逢いたくなったら」、長調
でできたZARDのヒット曲の題名をひとつあげたら、まず間違いなくあてはま
ります。
ところでこうして「パッヘルベルのカノン」進行でできた曲を並べてみると、
共通する雰囲気があるのに気づきます。それは、スローに演奏されるときには
限りない郷愁を呼び起こし、高らかに歌われるときには、失意からの再生、希望
を力強く訴え、人を力づける歌に必ずなっている、ということです。
打ち砕かれることを知った人だから言える、口先だけでない力づけの言葉が、
このコード進行に乗ったとき、限りないやさしさと説得力を持って、伝わってい
くんですね。
ロングヒットとなった、山下達郎の「クリスマス・イブ」は、Aメロがこの進
行で、曲の途中では「パッヘルベルのカノン」そのものを引用さえしています。
詞は失恋の予感を歌っていますが、メロディが「大丈夫だ」と勇気づけているか
のようです。JR東海「シンデレラ・エクスプレス」のTVCMは、この曲に乗
せて、不安を最後で喜びに変える演出を見せて、多くの人の共感を呼びました。
このコード進行のもつはかない美しさと力強さをあますところなく引き出したみ
ごとな作品です。
ここでひとつだけ、日本のヒット曲でない曲に言及します。それは、ビートル
ズの「レット・イット・ビー」です。パッヘルベルのカノン進行とは、最初の3
つが同じで、あとはだいぶ順序が入れ代わっていますが、曲のイメージとしては
かなり近いものを感じます。
「レット・イット・ビー」という歌にまつわる思い出として、かつて私は次の
ように書いたことがありました。
本当に弱ってしまった時に、こんなに慰めを
与えてくれる曲もない。じたばたしないで
なるにまかせておくことが最善の解決策だという
のは、実際にあることだ。
まいっているときに、もっとがんばれと言われるのは、
きついものだ。ただ、「わかるよ」とだけ
言ってくれて、そばにいてくれる人のように、
弱った時の僕のそばに、この歌がいてくれた。
このとき、「レット・イット・ビー」に託して言った事は、ここでとりあげた
曲すべてにあてはまることといえるかも知れません。
優しさと力強さが、ひとつにとけあって、人の心に勇気を与えてくれる、そん
な音楽が、このコードの流れからたくさん生み出されてきました。
この長文を最後まで読んでくださったあなたに感謝します。(^^;
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