イタリア・トリノ市の聖骸布人物像の立体化
東京  竹村 伸一

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<内容梗概 >

 近年各所で聖骸布人物像の立体化が研究されている. しかしその多くは,単なる表面の凹凸を再現しているにとどまっている.
 筆者はCG(コンピュータ・グラフィックス)の最新技法を導入し,単なる表面の凹凸だけでなく,頭部の3次元的立体化を試た. これにより斜めより見た像の描出も可能となった.

 

1. 聖骸布に含まれる立体情報とその限界


 コンピュータによる聖骸布人物像の研究の基礎を作ったのはなんと言っても1898年に最初の写真撮影をおこない,人物像がネガであることを発見したSecondo Pia 氏であろう.
 その後多くの写真が撮られたが,これらの写真に示された画像の濃淡が布と遺体との距離に関係があると言う考え方によって幾つかの立体像が発表された.
 第1図は1977年にJackson とJamper(アメリカ)により発表されたもので,この種立体像の世界最初のものである.
 これに続いて第2図はTamburelli (イタリー)のもの,第3図はAndy Haverland(イギリス)のものである.

図1 Jackson氏 & Jamper氏の立体像 図1 Jackson氏 & Jamper氏の立体像


図1
Jackson氏 & Jamper氏の立体像

図2 Tamburelli氏の立体像 図2 Tamburelli氏の立体像

図2
 Tamburelli氏の立体像
図3 Andy Havaland氏の立体像 図3 Andy Havaland氏の立体像

図3
 Andy Havaland氏の立体像

 

 これらは筆者が勝手に選んだものだが,読者は,同じ聖骸布の人物像をコンピュータ処理したものがどうしてこんなに違うのかと疑問を抱かれるに違いない.
 筆者はこれら画像の生成過程を知っているわけでは全くないが,しかし,一人のCG技術者として,その原因は容易に推定できるので以下に記してみたい.

 元来,聖骸布の人物像には次のような問題点がある.

  1. 極めて画像ノイズが多い
  2. 極めてダイナミック・レンジが狭い

 画像ノイズとは,ごみ,しみ(染み),汚れ,傷,布の織り目など人物像表現以外の痕跡のことである.  一般に,目的表現のための情報をシグナル,その他の情報をノイズと呼び,それらの比率をSN比と呼んでいる.  つまり聖骸布はSN比が甚だ悪いということになる.
 また,ダイナミック・レンジが狭いと言うのは,画像の黒と白との差が少ないと言うことである.  別の表現でコントラストが弱いとも言う.

 さて,このような像について,その濃淡が距離(布と遺体の間の)と関係があると言う前提で作業する場合更に次のような点が問題となる.

  1. ノイズ除去と平滑化(スムージング)
  2. 変換比率の選定

 画面全体に乱数のごとく散在しているノイズを除去する数学的方法は色々あるが,要は種々の制約を設けて画面を平滑化しているのと同じである.   従って,シグナル(この場合は人物像そのもの)がぼやけてくる( dimming )ことになるので,適用の程度は得失を考えて決めなければならない.


 濃度を高さに変換する際の変換比率についても,聖骸布人物像の中にはそのような情報は無いので,出力結果が人物像として不自然でないよう設定する必要がある. 

 筆者が開発したプログラムを使用し,パラメーターの組合わせを種々変えて出力した画像の数例を図3,図4,及び図5に示す.
 パラメーターの組合わせを変えることにより,同じ原画を使用しても,如何に出力画像が変わるかがお分かり戴けるものと思う.

図4 出力結果A 図5 出力結果B 図6 出力結果C
図4 出力結果A   図5 出力結果B   図6 出力結果C

  筆者はこのようにパラメータを変えて数多くの出力画像を作成してみた結果,人体像に含まれる立体情報には限界があることを知った.
 
 反転像の上で白い(明るい)部分は布と遺体とが接触しているか或いは極めて近い距離である場合で,それ以上距離が遠くなると色は灰色から黒色になる.  しかしその限界はせいぜい目の窪み,頬の高さ或いは鼻の高さなど表面の凹凸を表している程度で,決して鼻や目の3次元的位置を表しているわけでは無い.

 

図7 物体 図8 ソース・ピクチュア 図9 バンプ・マッピング
図7  物体   図8 ソース・ピクチュア   図9 バンプ・マッピング

CGの技法の中にバンプ・マッピング( Bump Mapping )と言うのがある.  これは物体(例えば図7)の表面に凹凸を表現したい時,予め凹凸を表すソース.ピクチュア(source picture)(
図8)を作製しておき,これを目的の物体にマッピング(貼付)する方法で,物体は図9のように凹凸がついて見える.  この方法は,複雑な数学モデルを作成する必要が無いので,極めて有用な方法である.

 筆者は,聖骸布につき数多くのシミュレーションを繰り返しているうちに,上記の方法はバンプ・マッピングに極めて類似していることに気がついた.   つまり,聖骸布人物像の濃淡は,バンプ・マッピングの如く,表面の凹凸を表してはいるが,3次元の立体データまでは表してはいないと言うことである.

 

2.CGによる立体画像の作成


 一般に3次元の立体は,図10の如く,X軸,Y軸およびZ軸をもった立体座標系を用いて表現するのが普通である. つまりこの場合は人物像の総ての点がこの3軸の値,X,Y,Zで表現されることが必要である.

 

図10 3次元座標
図10 3次元座標

 

さて,聖骸布人物像については,X-Y平面は,明確に表現されているので多少ノイズはあるものの,X軸,Y軸のデータについて困ることはない.   しかし,Z値については前述のごとく,布に接触しているか否かの極めて短距離の情報しか得られないので,これでは立体像は作成できない.

 元来,人間の顔の特徴(容貌,人相)を決める情報の大部分はX-Y平面つまり正面図に含まれており,Z値の影響はあまり大きくは無い.  そこで,Z値に人間の平均的値を入れて立体化をしても容貌については殆ど違和感は無いと思われる.  特にこの場合は,その時代のその近隣よりの出土した大理石像のデータなどを用いているので,更に好ましい結果が得られているものと信んずる.

 

図11は,これらを考慮して筆者が用いた3次元データのポリゴン表現である.

 更にこのZ値を,既に確定している聖骸布の正面データと整合するように結合させて,聖骸布の立体像を完成させた.

  元来,聖骸布の人物像は仰臥像(上向きで寝ている像)なので,このまま90度回転させて立像(立っている像)にすると頭が少し後ろに倒れていて不自然なことが分った.  図11から図14までの人物像は総て首を前方に6度傾けてある.

Fig. 11  3-D polygon image
図11 立体像の3次元ポリゴン

 

図12 左側面図(A) 図13 左側面図(B)
図12 左側面図(A)   図13 左側面図(B)
図14 右側面図(A)   図15 右側面図(B)
図14 右側面図(A)
  図15 右側面図(B)

 

3.結  言


 聖骸布については,その生成の過程からその真偽にいたるまで多くの意見と議論があるが,それはそれとして,筆者は一人の科学者としてその中に秘められている多くの情報に興味と関心を抱かずには居られなかった.

 筆者は,これらの情報を恣意的に過大評価も過小評価もせず冷静忠実に処理して,遂に聖骸布人物像の側面図を得ることができた.
 既に立体化のための多くのプログラムは完成しているので,更に精密な写真,更に信憑性の高いZ値が与えられれば,これらを用いて再描画することはいとも容易である.
          
 最後に,本研究に対し多くのご示唆とご教導を賜った日本聖骸布研究会の会長であるガエタノ・コンプリ神父様に心からのお礼を申し上げたい.

 

 〔 完 〕

竹村 伸一
工学博士,1920生
東京都目黒区五本木1-14-18

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