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会の名称変更と今後の活動について
私たちの会では、発足より10年間、毎年保養ステイ受け入れを続けてきましたが、ここ数年は経済的な状況の厳しさ、会の運営に関わる面やステイ受け入れ面での人手不足などにより、受け入れ態勢を整えることが困難になってきました。また、少数の子どものためにかなりの額の費用をかけてステイ受け入れをすることが、現在のベラルーシの子どもたちにとって本当に一番よい選択肢なのか、皆様からお預かりした貴重な会費やカンパの使いみちとしてベストなのか、という疑問もありました。
そこで運営委員会のメンバーで話し合いを重ねた結果、今後は保養ステイ受け入れをせず、医療支援やペクチン製剤ビタペクトの支援など、比較的多数の子どもたちを対象にしたベラルーシ現地への支援に力を入れるとともに、活動資金確保のためにいっそうの努力することにしました。
また、活動内容が変わったことに合わせて、会の名称も「チェルノブイリの子どもたちを呼ぶ会/横浜」から「チェルノブイリの子どもたちと」に変更することにいたしました。
どうか皆様、ご理解とご協力をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
チャリティーコンサートのお知らせ
☆☆☆ 野田淳子 プロフィール ☆☆☆ フォークシンガー、ジョーン・バエズに魅せられギターの弾き語りをはじめる。(株)電通で働きながらアマチュアとして活動中、上條恒彦に認められ、1970年プロデビュー。創造集団“麦笛の会”をへて、現在、フリーで活動。 宝塚オーケストラ「七つの川に」初演の際、ソリストをつとめる。 また、シングル盤として発表した中国残留孤児の原詩による「はぐれつばめ」(作・すずききよし)が大きな反響を呼ぶ。 生きとし生けるあらゆるものの命への想いを、その透明感ある声に託して歌いつづけ、「心うた唄う人」「天使の声」「人間の魂をゆさぶり励ますような歌」「郷愁ということばがぴったり」などと評され、幅広い層の支持を受ける。 ソングライターとしては、映画「ふるさとの動物園」、「白い馬(モンゴル民話「スーホの白い馬」より)」のBGM、主題歌制作・演奏を担当。 また、金子みすゞの詩に曲をつけた作品は高い評価を受けている。 90年、91年、93年、96年、98年、2000年にリサイタル。 2005年には35周年記念リサイタル「心歌」を東京、京都、大阪で開催。 2001年より、寿岳章子氏から贈られた「心歌うたう人に捧げる」という詩から、“心歌”コンサートを開始。2001年に東京、2002年に大阪、2003年に東京、石川で開催。 自治体行事、学園での演奏多数。 91年ボストン、95年NGO北京女性会議、2000年ニューヨーク女性会議で演奏。 これまでの演奏回数は2800回を超える。 2007年、上條恒彦とのジョイントコンサートを千葉、東京、京都で開催。2008年9月、大阪、京都で再演予定。 アルバム/CD8枚、LP2枚(廃盤)をリリース。 2005年11月 CD「私の金子みすゞ」をリリース 2006年3月 シングルCD「父へ/千の風になって」をリリース 2007年9月 ベストアルバムをリリース 2007年11月 ジョイントコンサートライブCD「夢果てしなく」をリリース
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代表作 スーホの白い馬、この夜を越えて、 千羽鶴、私と小鳥とすずと、 星とたんぽぽ、歩き続けて、 よみがえれ大和川
