防災ニュース

2000.12.12
防災ニュース 第2号

  富士山噴火と三宅島特集号 

        VINCENT Systems 池田晴哉(都市防災研究会幹事)

はじめに

 今回は富士山噴火と三宅島の火山災害特集号です。地震災害と較べると、発生後の生活復旧が大変なのが火山災害です。終結のめどがたたない怖さと不安。10年目になる雲仙普賢岳の噴火でもまだ避難生活者がいます。現在、我々にできることは何か、皆さんも考えましょう。

(防災ニュース第2号の内容)
◎富士山噴火等について:緊急講座「三宅島噴火火山活動と箱根・富士山の火山活動」の概報
◎三宅島避難者・高橋さんの報告
◎三宅島噴火と避難活動等の経過(発生〜全島避難3ヶ月迄)

  都の三宅島関連のホームページ
   http://www.islands-net.metro.tokyo.jp/miyakejima/



富士山噴火等について(講演会の概報)

 前号(防災ニュース1号)でお知らせした緊急講座の概要をお知らせします。
  講演タイトル 「三宅島噴火火山活動と箱根・富士山の火山活動」
  日時・会場  11月25日(土)、かながわ県民活動サポートセンター 

(講演の概要) 

 富士山は活火山です。地底部を測定するとその兆候がある。
 富士山は小さい火山が幾つかあり、大爆発を起こして今の形になる。
 10万年前から噴火を始めた若い火山です。
 噴火する場合、宝永噴火のように5〜6合目付近で噴火するか、山頂噴火となるかは判りません。
 富士山は規模の巨大さと高さのため観測しにくく、その内実はよく判っていないのです。

 今回の三宅島は、山頂噴火でカルデラ発生を観測できた初のケース。
 三宅島の観測を強化し分析することで、富士山噴火の貴重なデータが得られる。

 現在富士山噴火の兆候はないものの、火山としての動きはきちんとあります。
 少し気になることもあるが、防災上では噴火を心にかけておけばよいのではないか。

 参考:宝暦噴火では、横浜で30cm、江戸で15cmの灰がふる。
   海老名で50cmの灰が降り、水田放棄された。
   道や屋根の灰除去と、水源地降灰による上水の供給困難が予想される。


三宅島避難者・高橋さんの報告

 三宅島から横浜に避難している高橋さん(主婦40代)より避難生活3ヶ月の報告が、前述の「三宅島噴火火山活動と箱根・富士山の火山活動」の講演の前に行われました。
 (11月26日(日)神奈川新聞にその記事が掲載されています。)

(講演の概要)

 4年前に民宿経営をめざして、家族で横浜より三宅島へ移住。
 美容院と食堂を経営し、夢の民宿は完成直前でした。
 前の噴火から17年経ち、島の人からはそろそろ次が来ると話には聞いていました。

 最初の噴火の時は、子供と二人で横浜の実家に里帰り中でした。
 三宅島にいた夫より「山が大変になっているようだ。そっちのテレビでどう写っているか教えて」と携帯電話が掛かり噴火を知りました。
 (注:神戸の人が発生時に情報がないのと同じ事が、三宅島でも起きていました。)
 その後一時避難の人と入れ違いに島に帰る。

 灰は降り続けました。風向きしだいでその被害は代わります。
 灰はやや暖かく、雨が降ると粘りけのあるセメントのようになる
 都道の除灰は都の応援部隊がやる。村道は手つかずで住民がする。
 灰の量は多く追いつかず。畑などは、今後使うのは大変な作業となるでしょう。

 家のまわりは、土石流が流れ込まないようにした。
 都の応援部隊が除灰をなぜか上流部に捨てたため、そこからの泥流には困った。
 捨て場の配慮も必要とおもった。

 その後は地震の連続で、灰の除去作業をしていても、船の上にいるような感じが続く。
 最後は空気(ガス-二酸化硫黄)が臭くて耐えられなくなる。
 もう我慢の限界と、全島避難の前日に離島した。

 ガス対策用の簡易マスクは、住民票のある人から支給された。
 ボランティアの人は沢山来ていました。
 その人達には後回しになり、少しおかしい状況でした。

 自衛艦が当初は多数いたが、ある日突然いなくなった。命令系統上の事としても、その時は見捨てられたような気がした。
 その後、東海汽船で全島避難ができて幸いでしたが、噴火の仕方によっては全島避難ができないケースもあったかもしれない。避難態勢が万全だったかどうか、やや不満が残りました。
 島民は乗船費は無料でしたが、東電などのライフライン従事者は有料との事でした。

(この件では、前回の噴火時にも大学の船で調査に行かれた棚田博士が、次のように発言されています。
前回は島をぐるりと艦船で囲んでいて全島避難体制が強固でしたが、今回は全島避難体制が通常の通船だよりで心許なく感じた。政府の危機管理が前回は中曽根-後藤田ラインで、今回の森さんとの差も感じる」)



 まだ火山からガスが1日何万と出ていて、帰れそうな気がしない。
 先を考えると果たして戻れるのかと不安です。
 現在は横浜の公団住宅にいます。
 夫は友人のつてで、秋田の阿仁町のプチホテルで働いています。


三宅島噴火と避難活動等の経過(三宅島の災害記録)

 新聞記事などにより池田晴哉がまとめました。
 かなりの量になりましたので、以下の別表にしました。

  ◎2000年6月   三宅島で火山活動始まる

  ◎2000年7月   伊豆諸島で地震続く。雄山小噴火で灰を降らす

  ◎2000年8月1日から23日 伊豆諸島で地震続く。雄山大噴火、黒い噴煙

  ◎2000年8月24日から9月 全島避難活動

  ◎2000年10月以降  島外で避難生活続く


おわりに

 地震と較べると、発生後が大変なのが、火山噴火です。
 昨年、雲仙普賢岳噴火時の鐘ヶ江元市長さんのお話をききました。
 終結のめどがたたない怖さと不安は大変なものだと良くわかりました。

 10年目の雲仙噴火では、まだ避難生活者がいます。
 火山噴火では、帰る土地がなくなるのです。
 北海道の有珠岳噴火でも、移住を余儀なくされる人が発生しています。

 現在、我々に出来る支援策は何かを、皆さんも考えましょう。


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