池田潔『自由と規律』(岩波新書)


英国の精神というものを理解するために最も適した日本語の一冊は何か、というように聞かれたなら、躊躇なくこの一冊を指摘すると思います。ちなみに、この前英国に資料収集に向かうため家から成田空港まで電車に乗っていて、あまりに夢中になって一気に読んでしまったのですが、なぜか涙が溢れてきました。教育というのは、こんなにも美しいものなのか、という恐ろしさに触れたからでしょう。逆に教育者とは、極めて高い知性、品格、優しさが必要なわけで、私には最もふさわしくない職種なのかも知れませんが。

著者は、英国名門のパブリックスクールを卒業後ケンブリッジ大学に学ばれ、その後帰国してから慶応大学で文学を教えていました。私の手元の一冊が、「第72版」と書いて有りますから、岩波新書で最も多くよまれている一冊かも知れません。「岩波新書は、どうでもよいようなくだらないものばかりであまり読みたくない」という人がいるかも知れませんが(私もその一人だった)、これはまさしく例外の一冊でしょうね。

一体何が、この本を面白くさせているのか。そして、なぜ英国の精神と教育を描いたこの本が、日本で半世紀以上も読まれているのでしょうか。その理由の一つは、我々に最も書けていて、我々が最も強く求めていて、うえているような、そういった精神が何であるかが、はっきりと描かれているからでしょう。そして、我々が、かつて体験した、中等教育に対する不満と絶望が、この本を読むことによって改めて確認されるからです。日本の教育が、世界的にみて最低の水準とは全く思いませんが、とはえい、大きなものを欠いていることには違い有りません。

最も規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある、という精神は、まさに英国の精神の骨頂だと思います。つまり、規律なき自由は、放縦であり、自由なき規律は専制だからです。イギリス人の多くが、「自由」の国アメリカに対して懐疑的なのは、この点がひとつあるのかもしれません。アメリカでは、ときとして自由と放縦を取り違えており、少なくても銃規制が極めて放縦なのは、その例の一つです。一年間の、銃による死者数は、莫大な数になっているからです。

英国が、最も古いものを大切にしながら、新しい精神を取り入れ、最も頭か堅いかと思えば、柔軟な対応をしたりする。この矛盾は、まさに教育からもうかがえるわけですね。

しかしながら、最大の問題は、英国は少数の者に対して最適な環境が用意されているのにも拘わらず、多数の者には最悪な環境が強いられることです。英国の公共教育の質の低さは長らく言われている点であり、多くの学校では生徒の暴力が深刻な問題となっています。これは英国の大きな汚点ですね。ブレア首相はこの問題に深刻に取り組もうとしていますが、どうなるかわかりません。少なくても、いぜんのようなシステムでは決して良くはならない、という認識はあるようです。そういった点で、英国がどのように変わっていくのか、楽しみです。しかし、教育の長所でもある、パブリックスクールというシステムが放棄されることはないのでしょう。




(1998年10月25日)