半藤一利『ノモンハンの夏』(文芸春秋)


この本は、実にぞっとする本です。こういう日本人が、日本を腐敗させている、というところがのぞけるからです。

確かに、半藤氏はノモンハンでの関東軍高級参謀へあまりに厳しい眼をしている、という声もあるかも知れません。しかしながら、歴史を学ぶ僕自身、戦前の日本のエリートは、本当に腐った人が多かった。横柄、放漫、自信過剰、自惚れ、過信、というおそろしい要素が満ちあふれている。これが、戦前の日本でもっとも尊敬され、もっとも信頼され、もっとも政策の中心にいたエリートの実態なわけです。そして、こういったとんでもなく人間的に腐敗したエリートを、国民は野放しにしていたわけです。

ノモンハンは、まさに日本人としてのいやらしさ、せこさ、そして不気味さがまさに充実しているという点で、オウム・サリン事件とも似たものがあります。学歴重視、客観情勢の無視、そして天動説的な自己中心的な視点と、全くの反省のなさです。そういった意味で日本現代史の中で、ノモンハン事件というのは際だっているわけです。

そういったノモンハン事件について、これまであまりの知識が欠けていた。あまりの実体的調査がなされていなかった。こういった意識から、半藤氏は本書を書きあげるわけです。かつて、司馬遼太郎氏は、晩年の巨大な時間を割いて、ノモンハン事件の調査をしたのです。しかしながら、結局司馬氏はその本を書かずに、逝ってしまった。その理由は、時間がなかったのではなく、本人曰く、「ノモンハンについて書き始めたら、気が狂ってしまう」というのです。それほど、この事件は、日本人として触れたくはない不気味な事件だったわけです。日露戦争に対する日本人の明るさとは反対に、このノモンハンに対しては暗いイメージばかりがつきまとうのです。

そういった意味では、ノモンハンに対する研究は、今後本格的になされねばならないと思うのです。確かに、あまりに独断的であまりに先入観のある見方ではありますが、その問題提起という意味では、本書は本当に素晴らしい作品だと思います。


(1998年8月7日)