英国ブレアの外交戦略
米を取り込む「国際共同体」構想

(朝日新聞 2003年1月22日夕刊掲載)

 「英国がこれほどまでに、多様で困難でときに危険な問題に直面したことは思い出せない。」トニー・ブレア英首相は、今年の年頭演説の中で、今後の世界への不安をこのように語った。ブレアはその後、対イラク戦争が不可避ではないと指摘し、国際協調を維持して戦争を回避する必要を論じた。「戦争回避の唯一の方法が、武力行使の用意があることを明らかにする場合がある」とブレアは言う。

 ブレアの英国は、ブッシュ政権の米国と、対イラク戦争へ向けての準備をともに進めている。人々は、ブレアを米国の「プードル犬」のように見なしている。しかし歴史的な視座からすれば、英米関係は常に確執、理念の違い、政策の対立が見られた。

 第一に、歴史的な英米間の対立と相互不信が存在する。例えば一九二○年代にノーベル平和賞を受賞した、オースティン・チェンバレン外相は、次のように語って米国への不信感を吐露した。「米国人は、私からすると、いつも同じ大きな間違いをしている。つまり、彼らにとって自然であり、正しいことが、すぐさま世界全体にとっても自然であり正しくなければならないと、当然視していることである。」

それでは何故、英国は米国と行動をともにするのか。朝鮮戦争の時にも、英国は米国と軍事行動をともにした。それは、米国に対する不信からくるものでもあった。米国単独の軍事行動では、何をするか分からない。現実に、マッカーサーは中国東北地方に、原爆を投下することを考慮していた。英国政府は強く懸念し、猛烈に抵抗した。また、イデオロギー対立に悩む米国政府は、英国政府の望む共産主義者との停戦交渉に批判的であった。英国外務省の不満は増大し、「可能な限り多くの敵を殺す」以外に政策を持たない米国政府に、嫌悪感を抱いた。もしも英国が、米国へ政策変更を求めなければ、より深刻な事態に発展したかもしれない。

ブレアの論じるように、「米国に協力して初めて、米国の意思決定に関与できる」のだ。カート・キャンベル元米国防次官補代理は、米国に対して「誠意ある反対意見を述べてくれる人」の数少ない一人が、ブレアであると語る。(『外交フォーラム』二○○三年一月号)圧倒的な規模の米軍の背後で、英国は外交を用いて米国をより協調的な方向へ、そしてより抑制的な方向へと導く努力を続けてきた。英国の外交官アーネスト・サトウはかつて、外交とは「軍事力のみにより国際関係が支配されることを防ぐための、文明により考案された最善の方法」と論じた。我々は時に、米国の圧倒的な軍事力や経済力に目を奪われてしまい、その陰にあるその他の諸国の外交活動を見逃しがちである。

 さらに、英国は現在、米国とは大きく異なる世界秩序構想を有している。敵対勢力を軍事力で圧倒して、自らの望む政権樹立を試みる米国政権内の強硬な「新保守主義者(ネオコン)」に対して、ブレア首相は、「国際共同体」の理念を掲げ、国際政治での「正義の実現」を説いている。これは「ブレア・ドクトリン」と呼ばれている。

 ブレアは一貫して自らの外交理念を、「国際共同体」の結束と平和に置く。極めて国際主義的で、協調的な世界秩序構想である。ブレアにとって、ブッシュの米国もアフガニスタンも、イラクも、「国際共同体」の構成員である。重要なことは、この「国際共同体」の規範や安全保障を破壊する行為に対して、断固とした措置をとることである。不干渉主義的な、理想主義者の平和論とは、この点で異なる。従来の、非力な理想主義と粗野な現実主義との硬直的な対立を超えて、外交政策での「第三の道」を模索することが、ブレアの世界秩序構想の新しさである。

 他方でブレアは、中東や欧州大陸で、反米主義が強まることを懸念する。米国の力なしでは、世界は動かないのだ。安易な感情的な反米主義は、米国に政策変更を促す場合にも、あるいは米国を国際協調へ導く場合にも、あまり役に立たない。クリントン前大統領は、昨秋の英国労働党党大会で、「ブレア首相は、米国とそれ以外の世界を束ねる唯一の指導者」と的確に指摘している。

現代世界における重要な点は、「寛容の精神」であるとブレアは説く。反米主義が伝統的に根強い英国で、あえてブレアが米国と協調し、今後の世界秩序をより良い方向へ導こうとするその意図と苦悩を理解すべきであろう。その代償として、国内でブレアは支持を失い、閣内での批判は増幅する。英国世論の三分の一は、フセインよりブッシュこそが、世界平和の脅威だとみなしているのだ。

日本外交は、おそらく「新保守主義者」の米国が抱く世界観よりも、ブレアの英国の抱く世界秩序理念に近いように思える。対米協調の背後に、我々もまた確固とした世界平和への哲学を持つべきであろう。


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