4月25日に開催された、今年2回目の研究会の報告結果は、以下のとおりです。
共通テーマ 「戦後東アジアにおける秩序再編構想と外交」
報告
「戦後日本と東アジア秩序構想 ー1954年吉田訪欧米を中心に」
佐藤晋 (慶應義塾大学大学院)
論文 「鳩山内閣と日米関係 ー防衛分担金削減問題と大蔵省」
『法学政治学論究』第33号(1997年)
「戦後保守政治と『経済的自立』問題」
『法学政治学論究』第28号(1996年)他多数。
「コモンウェルスの再編と東南アジア、1948-67年」
鈴木陽一 (上智大学大学院、日本学術振興会)
「マルコム・マクドナルドの英領東南アジア自治国構想とUMNOーMCA連盟の台頭」
(未発表論文、投稿予定)』
討論者
河野康子 (法政大学)
『沖縄返還をめぐる政治と外交 ー日米関係史の文脈』東京大学出版会(1994年)
「吉田外交と国内政治」日本政治学会年報『戦後国家の形成と経済発展』(1992年)
「日本外交と地域主義 ーアジア太平洋地域概念の形成」
日本政治学会年報『危機の日本外交ー70年代』(1997年)他多数。
永野隆行 (獨協大学)
「戦後初期におけるイギリスの核政策」『外交時報』第1340年(1997年)
「1950年代前半における東南アジア国際関係とイギリスの関与」
『外交時報』第1342号(1997年)他多数。
司会
細谷雄一 (慶應義塾大学大学院、院生研究会責任者)
日時 4月25日土曜日 3:00ー5:00
場所 JR田町駅及び、都営地下鉄(浅草線・三田線)三田駅、徒歩約10分
慶應義塾大学三田校舎大学院棟5階 352番教室
今回の報告では、佐藤会員と鈴木会員が、戦後東アジア国際政治史におけるアジア地域概念の問題を、それぞれ日本外交とイギリス外交の視点から報告していただいた。どちらの報告も、戦後国際政治における「アジア」なるものの概念をより多元化し立体化させる上で、貴重な報告であった。
まず佐藤会員の報告では、1954年の吉田茂訪欧米において、日本は中国及び東南アジア問題において、対米従属ではなくて自主的な外交構想を持っており、自ら「アジア」地域秩序形成の試みを行おうとした点に注目した。そこでは、従来の吉田の対米従属のイメージが修正され、また戦後初期日本のアジア外交の具体性が指摘された。従来の研究ではなかなか見られなかった貴重な見解として、佐藤報告では、日本のアジア外交をめぐる戦前から戦後へかけての連続性、及びアジア地域秩序形成のための日本外交の主体性が見出された。これは、今後の日本外交史研究の発展のためにも、重要な貢献といえるだろう。
この佐藤報告に対しては、既に吉田期の外交政策の研究で高い評価を受けている、河野康子会員から、自説を交えた興味深い問題提起がなされた。まず、河野会員は、吉田の対米イメージについての問題提起がなされ、吉田がアメリカはアジアへはなかなか関与しないだろうと考えていた点が指摘される。即ち、アメリカの影響力は絶対的ではなくて、吉田政権期においても相対的なものと成らざるを得なかった点が指摘された。第二には、吉田の対米協調についての問題提起がなされ、吉田が経済合理性を前提にアジアへの経済政策を構想したのではなくて、外交手段としての意味から政策構想を行った点を指摘した。吉田は、経済分野では、国内均衡ではなくて国際均衡を目指していた点が指摘された。更に興味深いことに、河野会員は、吉田が東南アジアにおいても日英米の合意を目指していた点が指摘され、まさに吉田の英米協調路線が確認された。即ち、吉田は英米に対抗する外交構想としてアジアをとりあげたのではなくて、むしろ英米との協調によるアジア構想を目指したという。この点は、戦後の吉田外交を考える上での貴重な見解といえるだろう。第四として、河野会員は、戦前からの類推
により、吉田に比べて、重光ははるかに洗練されたアジア認識をもっていたと指摘された。即ち、日本の内在的なアジア構想は重光に基づいていて、外務省の重光路線が中心になってアジア構想を見るべきだという指摘がなされた。
他方で、戦後のアジア地域秩序を考える場合に、イギリスの役割というものが重要な要素となっている。従来の日本における東アジア国際政治史では、イギリスの役割は殆ど重視されることはなく、その意味でも東南アジアにおけるイギリスの影響力に注目する鈴木会員の報告は、極めて興味深いものとなった。鈴木報告では、まず最初に、イギリスが戦後アジアにおいて、従来の「公式の帝国」ではなくて、「非公式の帝国」として影響力の拡大に努め、それはコモンウェルスを再編し、東南アジアの地域秩序を形成する上で、一定の成果を果たしたという。このようなイギリスの影響力のもとで、東アジア冷戦が展開し、さらには東南アジアにおける地域秩序が形成されたという。これは、従来の研究の空白を埋める上でも、貴重な研究だといえる。
このような鈴木報告に対して、既にイギリス東南アジア外交についての先行研究を持つ永野会員は、より広い視点から問題提起を行った。河野会員と同様にして、永野会員が第一点目の問題提起として、戦後東南アジアにおけるアメリカの存在に注目しているのは興味深い。これは、戦後アジアにおけるアメリカの存在の大きさを繁栄するものであろうか。永野会員は、朝鮮戦争以前はイギリスはアメリカの関与拡大を希望し、朝鮮戦争以降はイギリスはアメリカの関与拡大を懸念した、と指摘するのは鋭い指摘といえるだろう。第二点目としてアジアにおけるイギリスの共産主義認識、第三点目としてイギリスの「非公式の帝国」拡大の意味とその動機について指摘された。この「非公式帝国」論については、後ほどフロアからも多くの質問が集まった。
質疑応答では、鈴木会員の、イギリス「非公式帝国」拡大論について、大庭三枝会員(東京大学大学院)、酒井一臣会員(慶應義塾大学大学院)、久保昌央会(獨協大学大学院)等から鋭い質問があがり、また左右田直規会員(京都大学大学院)からマラヤナショナリズムに関する専門的視点からの質問があがった。また、佐藤会員の報告に対しては、主に吉田と重光における「アジア主義」の温度差についての質問が宮城大蔵会員(一橋大学大学院)からあがった。
今回の研究会では、30名を超える方々が集まり、いすが足りなくなるほどの盛況であった。本研究会の意義が認められつつあるのがその理由の一つであろうから、今後ともより充実した研究会を進めていきたい。これも、報告者の極めて質の高い、最先端の議論に追うところが多く、またその難しい問題を討論者の先生方がわかりやすいようにかみ砕いて問題提起して頂いた結果であろう。そのような参加者の方々に心から感謝をして、ますますの研究会の充実を期待したい。
前回同様、やや気温と湿度が高かったため、冷たいビールによって、熱い議論の疲れを癒やすことになった。