2002年度 敬愛大学国際学部
日本・EU関係
講義概要
担当名 細谷雄一
<目的> 日本と欧州との関係を、歴史的に概観する。
<授業内容>
第1週:「日欧関係」という視角〜イントロダクション
第2週:日本の西洋との出会い
第3週:近代日本と欧州諸国
第4週:摩擦・対立・戦争
第5週:第二次世界大戦後の日本と欧州
第6週:日本のOECD加盟と日欧通商関係
第7週:日・EC関係の成立
第8週:日欧経済摩擦
第9週:日米欧三極世界の構造
第10週:「1992年」と日本
第11週:日欧政治関係の発展
第12週: ASEMの成立と展開
第13週:「日欧協力の十年」
<評価方法> 期末テストにより評価を行う。授業時の「質問票」提出により、加点となる。
<教科書> 特に指定しない。授業時に配布するプリントを利用する。
<質問票について> 授業では、最初の1時間を講義にあてて、その後5分間の休憩時間の間に、授業時に配布する「質問票」に質問事項や感想などを書いて頂き、最後の20分程度でそれに対して担当者(細谷)が適宜対応することになる。「質問票」の提出は、期末試験の加点対象となるので、積極的に利用して頂きたい。
<質問について> 授業内容についてなど追加的な質問などがある場合は、研究棟7階(10号館706号室)の細谷研究室に直接来室するか(オフィスアワーは火曜日午後1時半〜6時)、あるいはメール(y.hosoya@pep.ne.jp)で連絡頂きたい。可能な限り返答を心がけたい。
<ホームページ> 講義についての情報や連絡事項など、ホームページにも掲載することになる。ただし、あくまでも講義内での連絡により、確認して頂きたい。(ホームページは現在作成中)
ホームページアドレス: http://club.pep.ne.jp/~y.hosoya/office/office.htm
参考文献解説
<参考文献の主旨と講義の目的>
ここでは、日欧関係に関する参考文献を提示する。日本とEUの関係、あるいは日欧関係を歴史的に概観した著書は、日本語ではない。従って下記の著書はどれも日欧関係の一側面を論じたものであり、総合的な全体像は各自がつくらねばならない。
また、日本の大学の講義で、日・EU関係を持っているのは、管見の限りでは敬愛大学国際学部のみのようである。現代世界で第一番目に大きな経済(EU)と第三番目に大きな経済(日本)との関係、そして西洋と東洋との歴史的な交流という重要なテーマを扱いながら、その全体像が論じられてこなかったのは、現代世界を考える上での重大な欠陥ともいえる。その意味でも、本講義で日本とヨーロッパとの交流の歴史、そして現代における日欧関係を考える意義は大きいように思える。
近代日本がヨーロッパと出会い、その後摩擦を続け戦争に至り、そして戦後には「西側世界」の一員として、同じ側に立って冷戦による世界の分断の中で外交を展開した。なぜ日本はヨーロッパを憧憬し、ヨーロッパから学び、ヨーロッパの文明を日本に取り入れようと試みたのか。なぜ日本はヨーロッパ諸国との摩擦を深め、無謀な戦争へと突進したのか。そしてなぜ日本は戦後世界で、西側世界に入ることになったのか。この、日本と西洋との出会いの歴史を、現代的な問題関心を抱きながら講義では考えて頂きたい。なお、下記参考文献は、授業の教科書として用いるわけではないので、関心がある諸君が各自で読み進んでいって頂きたい。
1.東西文化論
まずは、「東洋」と「西洋」、「アジア」と「ヨーロッパ」との関係と比較を論じた文献をとりあげる。以下の文献で示されている基本的な問題意識は、日本と西洋との関係を比較文化論的に論じ、日本のアイデンティティを論じることである。日本は東洋か、あるいは西洋か。日本はどれだけヨーロッパ文明と一体化することができるのか。日本は、西洋に比べて遅れていたのか、あるいはそうではないのか。これらの問題が、多様な角度から検討される。
(1) 梅棹忠夫『文明の生態史観』中公文庫、1967年。
(2) 川勝平太『文明の海洋史観』中公叢書、1997年。
(3) 小倉和夫『「西」の日本「東」の日本』研究社出版、1995年。
(4) 小倉和夫『東西文化摩擦』中央公論社、1990年。
(5) 平川祐弘『東の橘 西のオレンジ』文藝春秋、1981年。
(6) 平川祐弘『日本をいかに説明するか 文化の三点測量』葦書房、2001年。
2.近代日本の西洋との出会い
ここでは、幕末から明治後期にかけて、日本とヨーロッパとの交流が深まる時期に重要な役割を果たした人物を中心に、文献を並べてみる。この時期に、日本は「脱亜入欧」(福沢諭吉)の精神で、アジアの一国としての連帯よりも、ヨーロッパ列強との関係構築に奔走した。その結果、1902年には日英同盟締結に成功し、世界最大の大英帝国と対等な同盟関係を構築する。一方で、最大の陸軍国家ロシアとの戦争に勝利して、非白人国家としてはじめて大国の地位を得た。その後日本は、欧米諸国との不平等条約を撤廃させることに成功し、さらには第一次世界大戦後に世界「五大国」の一角に、非西洋諸国としては唯一加わることになる。西洋の国際社会に、非西洋諸国が加わったことは、世界全体の歴史にとって大きな変化であった。
(1) ジョージ・B・サンソム『西欧世界と日本(上・下)』筑摩叢書、1966年。
(2) 福地源一郎『幕末政治家』平凡社、1989年。
(3) 平川祐弘『西洋の衝撃と日本』講談社学術文庫、1985年。
(4) アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新(上・下)』岩波文庫、1960年。
(5) 萩原延寿『遠い崖 ―アーネスト・サトウ日記抄』全14巻、朝日新聞社、1998年〜2002年。
(6) 永井道雄編『福沢諭吉』(中央公論社、1984年)
(7) ジョージ・オーシロ『新渡戸稲造―国際主義の開拓者』中央大学出版会、1992年。
(8) 寺島実郎『一九○○年への旅 ―あるいは、道に迷わば年輪を見よ』新潮社、2000年。
(9) 江藤淳『漱石とその時代』全四巻、新潮社、1970年〜2000年。
(10) 波多野勝『裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記』草思社、1998年。
3.日本と西洋との摩擦と衝突 ―戦間期の日欧関係
夏目漱石は、一世紀前のロンドンに留学し、ヨーロッパ社会の中で自らのアイデンティティに苦しんだ。日本は、本当にヨーロッパ世界の一員として、やっていけるのであろうか。その後漱石は日本に帰ると、文明論を数々発表し、ヨーロッパの「模倣」を繰り返す日本がいずれは行き詰まるだろうと予測した。一方、第一次世界大戦後のパリ講和会議では、日本政府代表団が提出した人種差別撤廃法案が、欧米諸国の反対で棄却され、日本人の対欧米不信感が高まる。折しもその頃、アメリカのカリフォルニア州では、対日移民に対する差別が法的に行われており、日本人の反米感情は高まる。日本国内でもアジア主義の理念に火がつき、欧米に対する敵対心が強まる。日本はその後、国際連盟から脱退し、「鬼畜英米」としてアングロ・サクソンを敵に回し、結局、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスなどと交戦状態に入る。そして日本は敗北した。
(1) 三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年。
(2) 平岡敏夫編『漱石日記』岩波文庫、1990年。
(3) ポール・クローデル『孤独な帝国 日本の1920年代』草思社、1999年。
(4) 石井修『世界恐慌と日本の「経済外交」―1930年〜1936年』勁草書房、1995年。
(5) 杉山伸也/イアン・ブラウン編『戦間期東南アジアの経済摩擦』同文舘、1990年。
(6) クリストファー・ソーン『太平洋戦争とは何だったのか』草思社、1985年。
4.戦後日欧関係の展開
戦後の日本は、どのような道を歩むことになったのか。日本はアメリカによる占領政策で、戦前のアジア主義とナショナリズムを放棄して、国際協調主義を選択することになる。そして、世界が「西側世界(自由主義陣営)」と「東側世界(共産主義陣営)」とに分裂すると、日本は前者の一員となり、欧米諸国と同一の軍事同盟に位置することになった。アメリカとの強い絆を結ぶ一方で、ヨーロッパとの関係は希薄化し、むしろ経済摩擦が目立つようになる。日欧経済摩擦の中でも、日欧関係の発展を模索する姿勢がたびたび見られた。最初は、1960年代の池田勇人政権の下で、日米欧「三柱(Three Pillars)」体制が語られ、OECD(経済協力開発機構)加盟を通じて西欧諸国との関係を強めることになる。さらに、1970年代には、EC(欧州共同体)と日本政府との外交関係が構築され、1980年代には大規模な対ヨーロッパ投資が進められた。1990年代には、小和田恒元外務事務次官の下で、政治的な側面での日欧協力の発展が試みられる。日欧関係は、新たな前進を模索しながら、21世紀に突入することになった。
(1) 外務省戦後外交史研究会編『日本外交30年』世界の動き社、1982年。
(2) 細谷千博『日本外交の軌跡』NHKブックス、1993年。
(3) 中西輝政・田中俊郎・中井康朗・金子譲『なぜヨーロッパと手を結ぶのか』三田出版会、1996年。
(4) 田中俊郎『EUの政治』岩波書店、1998年。
(5) 田中俊郎編『EC統合と日本』ジェトロ、1991年。
(6) 村田良平『OECD』中公新書、2000年。
(7) 伊藤昌哉『池田勇人とその時代』朝日新聞社、1985年。
(8) E・ウィルキンソン『新版・誤解 ―日米欧摩擦の解剖学』中央公論社、1992年。
(9) スチューブン・ギル『地球政治の再構築 ―日米欧関係と世界秩序』朝日新聞社、1996年。
(10) 小和田恒『参画から創造へ』都市出版、1994年。
(11) 小和田恒/聞き手山室英男『外交とは何か』NHK出版、1996年。
(12) 西山建彦『欧州の新時代』サイマル出版会、1992年。
(13) 石川謙次郎『ECの挑戦 日本の選択』中央公論社、1990年。
(14) 田中俊郎「1990年代における日本・EU関係の発展―期待と懸念」『法学研究』第73巻、第1号(2000年)
(15) 田中俊郎「アジア・欧州関係の新展開 ―ASEMの誕生と発展」添谷芳秀・赤木完爾編『冷戦後の国際政治』(慶應義塾出版会、1998年)
(16) 田中俊郎「欧州連合(EU)対アジア関係 ―欧州委員会の文書を中心にして」『法学研究』第68巻、第11号(1995年)
(17) 田中明彦「世界の中の日本・西欧関係」『国際問題』1994年4月号
(18) 添谷芳秀「ASEMと世界秩序のゆくえ」『世界』1996年5月号
(19) ジャック・サンテール「EUと日本―共通の関心事、共通の課題」『三田評論』1996年12月号
(20) クリストファー・ブラディック「遠き友邦 ―グローバル化の時代における日英関係、1958-2000年」木畑洋一・イアン・ニッシュ・細谷千博・田中孝彦編『日英交流史1600-2000・2 政治・外交II』(東京大学出版会、2000年)
(21) 細谷雄一「EUと日本」<デジタル月刊百科>1-2月合併号、特集・EUの新段階とヨーロッパ(地域を知る@)、2002年。(講義にてコピーを配布予定)